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□君が宿った日
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君が宿った日


「ありがとう、桃子」

 
 響の辞書の中にそんな殊勝な言葉があるなどこれっぽっちも思っていなかった桃子は、その言葉を聴いた途端、思い切り彼から退いた。

 何に対してなのかすらわからない状態で、彼女は思い切り眉を潜めて響の行動を見守る。

 後ろ手にされた腕が前に回ると、そこには大輪の薔薇の花束があって、受け取れとばかりに伸ばされた腕を桃子はただ不審げにみやるばかりだった。


「な、何を企んでるのよ、あんた」


 誕生日ではないし、誕生日に花束が欲しいなどと言った記憶は無い。

 単なる惚気のようだが、薔薇は胸に咲き誇る彼の刻印だけで十分だったし、それが彼女の誇りでもあった。

 たまたまバイトを休んだからといって此処まで感謝される謂れも無い。

 長年の共同生活は響の性格の図太さを露呈させるばかりで、恋人同士になったからといってすぐに改善されるようなものではなかった。


「企むって。何が」

「あんたがそんなに嬉しそうに笑ってる時はたいていろくでもないことが起こるのよ!」


 酷い言い様、と響はくすくすと笑った。

 桃子はむっとした様子で乱暴に花束を受け取り、花瓶に生けようと響きが背にしている扉に向かう。


「ありがとうの意味、知りたい?」

「別に? 興味ないし?」

「お前と俺に凄く関わることなんだけど?」


 興味無さげな振りをしていることが思い切りばれているようだった。

 しかも気になるような言い方でその先を言わないことが癇に障って仕方ない。

 もう、と響に向き直り話を待とうとした桃子は思ったより近くに響が立っていたことに驚いた。

 しかしその余裕すらない。

 一体何よ、と開きかけた唇は響のそれによって塞がれていた。

 手から花束が滑り落ちて、床に幾枚かの花弁を散らす。


「あたしは話をしろと言ったのであって、キスをしろと言ってない!!」

「わかったって。うるさいな、キスするときは目くらい閉じろよ」

「違う……!!」


 あたふたとしたままの桃子と対照的に、響きはあくまでどこ吹く風だ。

 彼女の体を通常よりも優しく抱き締め、身長に彼女の腹をなでる。

 そしてその耳元でゆっくりと囁いた。


「少しは察しろよ、鈍感。

 ………子供、出来たんだよ。だから、ありがとうって」

「…………こどっ?!」


 言葉にならない返事を返し、桃子は自らの腹に手を当てた。

 変わった様子の無く、ここに命を授かったなどとても思えない。

 本当、と聞き返せば、冗談だと言うわけでもないようで響はこくりと頷いた。


「鬼は子供がわかるって、鬼ヶ里でも多分言ったと思うんだけど」

「でもっ、」

「……子供、嫌いだった?」

「そんなわけないでしょ!! って……え、響子供好きなの?」

「好きだよ。自分の子なら俺の考えを吹き込みやすそうだし純粋だから利用しやすいし、」

「言わせないわよ?!」


 あぁ、やっぱりさっぱり響は響だった、と桃子は一気に脱力した。

 教育はあたしが一切合切やるしかないなと固く心に誓う。


「響」

「何」

「……幸せになろうね」


 口を開いた響の気配に桃子は花束を拾い上げさっさと部屋を後にした。

 キャラじゃないことを言ったな、と羞恥が襲う。

 廊下を早足で歩きながら、響の声を聞いた。


「幸せに、してやるから」


 その言葉が嬉しくてむず痒くて、彼女はゆっくりと腹をなでる。

 
 大丈夫よ、貴方の事は、二人で幸せにしてあげるから。


 ふふ、と笑みを洩らして未来を思う。

 小さいころから夢見てきた理想が現実になる日は、きっとすぐそこ。






▼優しい未来







「響桃妊娠ネタ」でした。
あれ、妊娠ってどこまで露骨に表現すべきなの?、と大真面目に悩んだ末、取り敢えず華鬼と神無みたいに抽象的な形で落ち着きました。
管理人、高校に上がったばかりなのでこれ以上は勘弁してください。
響桃は正義だと思います。もっともっと広まるのを待ってるよ!!

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2011 05 07 奏

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