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□好きを詰め込んで
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好きを詰め込んで
「みっ、光晴」
遠慮がちに呼ぶ声に振り返ると、普段は自分からは話しかけようとしない華ちゃんが顔を真っ赤にして俺を呼ぶのだった。
その両手は背後に隠されていて、表情は見えないようにと背けてある。
具合でも悪いのか、心配になって問いかければ馬鹿じゃないの、と一蹴されてしまった。
沈黙。
どうしたものかと頭を悩ませる。
いつもなら必ずと言っていいほど傍にいる神楽も京也も姿は見当たらなくて、部屋の中には二人きり。
宿泊先の旅館には、血縁関係を仄めかせて一部屋しかとっていない。
それはつまり、二人が居ないのは不自然と言うこと。
「凝り鬼、狩りに行ったんか? 二人とも」
「は?! ………あぁもう、それは光晴には関係ないじゃない、首突っ込まないで」
「そういうわけにもいか、」
華ちゃんの手が前に伸びて、その手にはリボンでラッピングされた焼き菓子が握られていた。
強引にそれを俺に押し付け、彼女はくるりと背を向け部屋を出ようとする。
その手を掴んで振り向かせ、問いかけた。
「あの……華ちゃん? これ」
「何よ、なんか文句あるの?」
「あらへんけど! ちょっと……驚いて。
華ちゃんもやっぱり女の子やな。手作りしたんか?」
「旅館のお料理イベントに行ってきたの! まずかったら捨ててもいいから」
離せとばかりに手を振り、華ちゃんは今度こそ走って部屋から出て行ってしまった。
「旅館の中を走ったらいかん!」
聞いてもいないだろう注意を述べてから、小さく息を吐いて部屋の隅に腰掛けた。
焼き菓子は出来上がってからまだそんなにたっていないのか、ほんのり暖かい。
一つ手にとって眺める。
「……あれ?」
カップケーキの側面に平仮名が一つ、書いてある。
気になって、残りの焼き菓子も取り出した。
マドレーヌ、クッキー、マカロン……。計四つの菓子にそれぞれ違う文字が一つずつ、チョコレートや違う色の生地で文字は書かれていた。
「なんやろ」
何かあるのかもしれないと、並び替える。
そして。
「………華ちゃん?」
何度並び替えてもそれ以外の分列にはならなくて、それはつまりそう言うことなのかと、少し気が焦る。
彼女が何故真っ赤になって渡してくれたのか。
何故神楽や京也の姿が見えなかったのか。
「こんなんっ、反則やろ!!」
カップケーキの「よ」
マドレーヌの「き」
クッキーの「だ」
マカロンの「す」
並び替えて出来る言葉は、
「すきだよ」
部屋を飛び出した。さっき自分で言った「走るな」を完全に無視して。
彼女に会ったら伝える言葉なんてまだ決まってない。
正直、彼女は惚れた女の娘、と言う印象が強すぎたから、そういう目でさえ見たことなかった。
だけど、こんな可愛いことをされたら、俺は彼女を追いかけるしかないじゃないか。
「華ちゃん」
「なっ、何?!」
自販機の陰で一生懸命に牛乳のふたをはがそうとする彼女を見つけた。
返事をする彼女の頬はこれ以上ないほど真っ赤で、そして口ぶりは口ベタになってしまったように少ない。
いつもの通り、ぺらぺらと薄くはがれるばかりで、ふたは取れそうにない。
「もう少しだけ待っててな」
焼き菓子を指差して笑う。
彼女は今度こそ口をパクパクとさせ、何も言わなくなってしまった。
そんな華ちゃんの牛乳のふたを外してやって、ぽん、と頭をなでる。
観念したように大きく息をついて、彼女は俺を見上げこう言った。
「待ってる、から、いい返事じゃなかったら承知しない」
これはこれは、
意識し始めたら傾いてくのは早そうだ。
▼言葉にするまで待ってる