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□萩色
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萩色の約束事
「じゃあ、千鶴ちゃんは俺の妹分だな。兄貴はしっかり妹を守らなきゃなんねぇや」
そう言って大きくて力強い手が私に伸びた。永倉さんはにっこりと笑って、大丈夫だと呟く。
だから私は彼を信じることが出来たし、彼が大好きで、傍にいられるなら妹でもいいかなって思った。
結局彼は新選組から離隊する時さえ、一番に私を心配してくれて、離れることが出来ない私を切なそうに見つめるばかりだった。
「約束、守れなくてごめんな」
と。
違う、違うんです。
約束を守らせなかったのは私のほうで、それは何よりも貴方の意思に反することだったはずなのに。
「また、いつか会えたらいいな。全部終わったら、さ」
永倉さんはその言葉を最後に新選組を離れた。
共に出て行くことになった原田さんは、申し訳なさそうに私を見て、こう言うのだった。
「新八は鈍いからなぁ、悪いな千鶴。
………お前が全て見届けた後に、新八に会えるように、俺らは絶対死なないから、だから安心しといてくれ」
「あの頃の新八さんはどうあっても妹にしか見てくれないので本当につらかったんですからね!」
「あぁ、悪かったって。今は大事な嫁さんだ。そうだろ、千鶴?」
新選組の最後を見届け、と言うよりも最終的に函館戦争手前で土方さんに蝦夷を追い出されてから早幾年。
大好きだった居場所はもう無い、どこにも。
ぽっかりと開いた穴を塞ぐように過去に屯所を構えた場所を転々と回り、初めの屯所、壬生寺まで戻ってしまった。
行く当ても無いまま、ふらふらと旅する私は酷く不安定で、だからと言って父様と過ごした診療所に戻るのもためらわれて、最早新選組の影も無いそこで、私は始めて嗚咽を洩らすのだった。
苦しい、寂しい、悔しい、
愛しい
大好きだった人たちはもういない。
みんなみんな乾いた砂のように私の指からすり抜けて、いなくなってしまった。
掴めない、届かない、助けて、助けて
私は、
「っ………一人はっ……嫌だよ……!」
叫んだ。
弱い弱い私は、沢山声をあげないと苦しくて押しつぶされそうで。
そのとき。
「……………千鶴ちゃん、か?」
懐かしい、懐かしい声を聞いた。
「千鶴ちゃんだよなっ?! どうして、こんなところに……おい、大丈夫か?!!」
「永倉……さん………」
泣いている私を見ると、彼は慌てたように肩を揺さぶり、それからぎゅっと抱き締めてくれた。
人の温もりに触れた安心感と、彼に再会することが出来た嬉しさで、今度は温かな涙を流すのだった。
涙が落ち着いて、そっと永倉さんの手から離れる。ありがとうございました、とぼそぼそと呟き、永倉さんを見つめた。
「最後まで一緒に入られなかったから、悔しくて初めに戻っただけなんです。心配しないでください」
「……それだけか?」
見透かしたように告げる眼光が思いのほか優しくて、また涙腺が弱くなる。
「いつでもいいさ、千鶴ちゃんが話したくなったときに話せばいい」
それを察したように彼はぽんと私の頭をなでる。
私を守ると約束した時のように、にかっと笑うと、それから縁側に座り込んだ。
「千鶴ちゃんには笑ってて欲しいんだよ。なんせ俺の可愛い妹……、」
「もう、妹は嫌ですっ」
安心と共に我侭になってしまった私は堪えが効かなくて、ようやくまた会えたと言う嬉しさが込み上げて、彼をじっと見据えた。
届かないことを知って私と新選組の縁は絶たれた。
相反する気持ちのせいで永倉さんは新選組を出て行くしかなかった。
だけど、そこに対する未練はきっと同じだ。
だからこそ私も永倉さんもここで再会することが出来たし、それが素直に喜べるわけでもない。でも、ここを逃して分かれれば、今度こそ二度と会う事はないだろう。
そう思ったら、言わずにいられなかった気持ち。
「それはどういう、」
「永倉さんは、鈍いんですか?
私はずっとずっと会いたくて仕方なくて苦しかったのにっ……」
後は言葉にならなくて、ただ俯くばかりだった。永倉さんはたっぷり首を捻ってから、ふと頬を真っ赤に染め上げる。
「つつつ、つまり、それは、」
「私は、ずっと永倉さんの事が、」
「待て!! みなまで言うな!! その、確認させてくれ。………いいのか、俺で」
「はい」
ごほん、と永倉さんは咳払いをして、それから神妙な顔つきになる。
「俺と一緒に来てくれないか……千鶴
……今度こそ、守って、幸せにするから」
「女として感じるようになったのは、会えなくなってからだった。
こう、心の中に隙間が出来たみたいでな。新選組と離れたからだとばかり思ってたのが、あそこで千鶴に会った瞬間に変質しちまった。
妹、って自分に言い聞かせてたのにな。っはは、なさけねぇ」
新八さんはそう言って、竹刀を手に取り家の裏の剣術道場に行こうとする。
待って、と引き止めて振り返った彼の頬に接吻する。
「あの時私を助けてくれたのは、紛れもなくあなたでした。
………過去は変えられないけど、未来は幾らでも幸せになれますよね?」
新八さんの手を取って、そっと私の腹に当てた。
初めはえ、と動転していた彼だけど、その行為の意味を知って、千鶴、と優しく呼びかけた。
「幸せになる、いや、俺がするから。
……………ありがとう」
▼永久幸福論