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□十六夜
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紅葉と十六夜



 斗南にだって季節は巡る。

 長い冬を越え、春を過ぎ、夏の駆け足を聞き、秋が訪れる。

 紅葉が色づき、全てを幻想のように美しく塗り替えた。







 千鶴と斎藤は相変わらずの穏やかな日々を送っていた。

 二人を訪ねるものは年に数度、隣の家ともかなり距離があるため、実質的には二人、仲睦まじく過ごす日々。

 異存は無い、幸せを噛み締めていた。


 とある日の事。二人で食事を取っている最中の事。

 珍しく彼らの家の戸を叩く音が響いた。


「お客様……?」


 不思議そうに首を傾げ、千鶴は斎藤を仰ぎ見る。彼は箸を置くと、そっと頷き立ち上がった。

 戸を叩く音は少しばかり荒く、忘れた頃にやってくる千姫ではないことがわかる。

 斎藤は警戒を緩めず、ゆっくりと戸を開く。そして、



 彼は目を見開いてその場に立ち尽くした。


「…………あ………え………?」


 元々口数はそう多くない斎藤だが、要領の得ないただただ混乱するばかりの声は千鶴も初めて聞いた。

 金魚のようにパクパクと口を開閉し、戸口に立つ何者かと千鶴を交互に見る。

 訝しげに斎藤の視線の先を追い、彼女もまた声にならない声をあげた。


「ど………して………」


 二人の視線の先に佇む男は苦笑を浮かべ、いまだ硬直したままの斎藤に向かって口を開いた。


「久しぶりだなぁ、斎藤。元気そうで何よりだ」


 そう言った男の後ろには更に数人の姿が見える。

 信じられないと言う風に目を瞬かせる二人を見、笑うと、代わる代わる挨拶をするのだった。


「ずるいよなぁ、一君。こぉんな可愛い嫁さん貰っちゃってさ」

「そうそう、あ、やっぱりその格好の方が似合うね、千鶴ちゃん」

「どうだ、大事無かったか、斎藤、千鶴」


 二人の目前に立っていたのは。



「副長、総司、平助、左之………何故此処に………?!」




 かつて分かたれたはずの新選組の同志たちだった。





「つまり、僕は斗南に療養で土方さんはそのお目付け役。平助は仙台からずっと土方さんと一緒だったし、左之さんは満州帰りだよ。残念ながら、永倉さんは剣術道場が忙しいから来なかったけど。

 あはは、驚いた? 驚いたよね、さっきの表情は傑作だったもん」

「こら総司、ふざけんのも大概に――てかお前病人だろが、騒いで発作でも起こしたらどうするんだよ」

「久しぶりに会えたんだからいいじゃないですかちょっと位。ねぇ、一君、千鶴ちゃん」

「あ、あぁ、そうだな」

「お茶淹れますね、今……」


 家主の二人は相変わらずおどおどとしたようすだが、やってきた四人はどこ吹く風とばかりに寛いでいる。

 暫く経って千鶴がお茶を手に戻ってくると、原田がポツリと洩らした。


「懐かしいもんだな、屯所に居た頃も、よくそうしてお前に茶を淹れてもらった」

「そうそう、千鶴の淹れる茶って凄ぇ上手いから、会議とかに差し入れではいると和むんだよな、みんな」


 それに藤堂が便乗し、何故だか千鶴を褒め称える話に発展する。

 頬を赤らめながら話を聞いていた千鶴だったが、斎藤の一言にはっと表情を引き締めるのだった。


「あんたたちは……その、亡くなったと聞いていたのだが、何故」

「あー、それな。

 ………死んだことにされたら戦場にはいられないだろ。俺らが新政府ばったばった斬り殺すとそれはそれで困るって奴も居たってことだよ。」


 曖昧な返答に斎藤は少しばかり違和感を覚えたが、口には出さずそうでしたか、と返事をした。


「それよりもさ、千鶴ちゃんこんなところに一君と二人っきりでさ、なんか変なことされてない? 大丈夫だった?」

「総司、あんた何を」

「だって君意外とむっつりだし、夫婦とはいえ、ねぇ……? 左之さん燃そう思うでしょ?」

「そうだな。千鶴、これからは三軒先の家に俺らがいるから、何かあったらいつでも来いよ」

「いっそまた皆で大所帯ってのも良くない?」

「か、考えておきます……」


 苦笑しながら返事をし、千鶴さちらりと斎藤を見上げた。彼の頬は図星と言いたいのか何なのか真っ赤に染まり、それでまた沖田にからかわれる結果となる。

 額を押さえて溜息をついた土方に変わらないなとばかりにくすっと笑い、千鶴は団欒の中に混じっていく。


「一さんはいつも私を気遣ってくれるし、無理なんてさせませんよ!」

「ちょ、千鶴、」

「へぇー……ふうん、その「無理」について詳しく聞きたいなぁ、一君」

「そっ、それは……」

「いっつもお仕事が終わればすぐに帰ってきてくださいますし、体調が悪くなればすぐ休めと言ってくれます」


 大真面目にそう続けた千鶴に肩を落とし、斎藤はそうだな、と幾らか呆けた顔で返した。

 沖田と原田はにやにやと笑みを浮かべ、平助は意気消沈している。土方すらも、楽しそうな笑みを浮かべた。

 少し位抗議せねばと斎藤は意を決し声を張り上げ、


「あんたたち、何を笑って―――










「一さん、一さん、どうしたんですか?」


 不思議そうに、心配そうに手を握る千鶴の姿を見た。


「あれ………副長や総司は……」

「夢でも見たんですか? なんだか複雑な顔してましたけど」

「…………夢……?」


 そうか夢だったのか、とほっとしたような名残惜しいような気持ちになり、斎藤は僅かに顔をしかめた。

 どんな夢だったんです、と問う千鶴の手を握り返し、神妙な顔つきで話す。

 話を聞き終わった千鶴もまた、その表情を奇妙な顔つきに変えていた。


「三軒先の家ですか……?」

「どうした、何かあったのか?」

「いえ、確かあそこ、今度どなたか移り住むと聞いたものですから」


 え、と思わず聞き返した斎藤の耳に戸を叩く音が入ってきた。

 思わず千鶴と顔を見合わせ、まさかな、と微笑む。


「そんなはずないな、死んだ者が実は生きていたなど、御伽草子に等しい………」


 心を落ち着けるように息を吐く。


 


 戸を叩く音が、いつもより少しばかり大きく、荒っぽいような気がした。











▼夢か現か

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