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□ひととき
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ひととき


 もしかしたら好きなのかもしれない、という疑念が浮くのがあまりにも遅すぎた。

 気がついたら相手のペースに乗せられていたのだから質が悪い。

 一瞬で疑念から確信に変わるのは自分でもどうかと思うのだが、事実だからしょうがない。


 予兆は幾らでもあった、と思う。

 考えてみれば鬼ヶ里に居たころから、あいつの不可解な行動は多かったというのに。

 国一だって私とあいつを交互に見ては溜息ばかりついていたというのに。 

 とは言え今更問いただすのもなんだか恥ずかしい。

 

 いつから、好きだったの とか。



「ねぇ、響」


 隣でありえないくらい無防備に眠る響の髪をさらりと撫でて、起きていれば聞けない質問を呟く。

 大概あたしも素直じゃないな、と自己嫌悪に陥りそうになった。

 あたしは流されるばかりで響に好き、と言ったことなどない。


 そっと寝顔を覗き込んで、小さく目の前で手を振った。何も反応はない。

 そんなの調べてどうする、と呆れる一方でこれは好機だと思う自分もいて、思いの外焦った。

 深呼吸、高鳴る鼓動を押さえつけて、慎重に響に近づく。


 キシ、と僅かにスプリングが音を立てて急に自分の行動が恥ずかしく感じる。

 それでも、このまま諦めるのも響に負けっぱなしになる気がして、意を決して響きの耳元で囁いた。否、囁こうとした。


「す、」


 次の瞬間、どういうわけかあたしの体は反転していて、真上にはあたしを組み敷く響の姿があった。

 その表情があまりにも楽しそうだったので、それであたしは響が実はずっと起きていたことを悟ってしまう。

 かぁ、っと顔が熱くなるのが悔しくてだけど自分ではどうしようもなくて、せめてものばかりと響を睨み付けた。


「お、起きてたならそうと言いなさいよ !! 」

「なんで。なんか都合悪いことでもあった?」

「そっ、それはっ………」


 言葉を濁すように言葉尻がすぼまっていく。

 何も言えないのが情けない。どうしようかと逡巡していると、響がふとあたしの胸元の刻印に触れた。

 甘く疼く痛み。え、と息を呑んだときには刻印の隣にその赤とはまた違った赤が咲く。


「俺のって証ね」

「……っ、な、なななななななっ?! 」


 覆いかぶさる響を押しのけて胸元を確認する。いわゆる所有印、とか言うものが花の真上に赤々と咲き誇っていた。

 言葉にならない悲鳴を上げて、響を見上げた。

 いつものように憎たらしいほど余裕の笑顔だ。


「何、続き、したくなった?」

「死ね」


 思わず厳しい言葉を向ければ、思いの外響は落ち込んでしまう。

 自業自得だと切り捨ててベッドから立ち上がった。

 そのまま立ち去ろうとドアに手を掛けたとき、響がぼそぼそと呟いた。

 思わず振り返り、まじまじと見つめる。


「自覚したのは、鬼頭と戦ってるとき、選定委員が乱入してきたそのときかな」


 それはあたしも覚えていた。

 ナカ、とかいう選定委員が神無のことを狙ってきてそれをあたしが庇ったのだから。

 確かにその後の響の様子はなんだかおかしかった。

 木籐先輩と対決してたはずなのに、いつの間にやら選定委員を殴り飛ばしてたし、唯それはあたしからしたら乱入者が邪魔だからだと思っていた。

 そうではなかったとしたなら、それはつまり。


「えぇと、」

「鈍い女だな。

 お前の肌に傷つけた奴だぞ。生かしてやったのが不思議なくらいだ」

「で、でもそれだと、響ってもうずいぶん長い間あたしの事好きだったって事にならない?」

「そうだな。桃子はまったく気付かないのに生活は成り立ってるし、このマンションの意味も平山医院の事も何一つ気付かないまま。

 いい加減どうしようかと思った。少しくらいなびけよ」


 ぱちぱち、と瞬き。それからもう一度響の言葉を思い返す。

 今度こそ、顔どころか体中真っ赤になっていく自分に気付いた。


「ふ、不毛っ」

「今は実ってるからいいんだけど ? 」

「っ、」


 段々と居た堪れない気持ちになってきて、今度はしっかりとドアノブを捻った。

 くすくす、と笑い声が聞こえるのはきっと、多分、そう、空耳に違いない。


 去り際に、今なら言えるかもしれないともう一度だけ振り返った。


「好き、だからね」


 返事を待たずに思い切りドアを閉めて、今日も一日が始まるぞなんて自分に言い聞かせて、バイトに行く準備を始める。

 きっとバイトに向かう道のりは、二人揃って真っ赤な顔に違いない。







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