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□愛垂る君、なれば
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愛垂る君、なれば


 堀川 響 は面倒な男である。

 紆余曲折、実にさまざまな事象を経て歪みきった性根は最早誰にも矯正不可な域にまで達している。

 誰とでも打ち解けるような友好的な態度の裏、冷淡に邪魔であれば排除するような姿は鬼であれば誰にでも浮かぶ。

 故に誰が想像できたであろうか。



 別段美しい訳でもなく、ましてや自らに楯突こうとする娘を婉曲ながらも守るべく、鬼ヶ里を出てしまうなど。





「ホント信じられない、何であんたが此処に来るの。

 鬼頭は? もう一回狙うとか言ってたじゃない。馬鹿なの? ああ馬鹿だったわ、聞くまでも無かった。

 もう、いったい何しに来たのよ、響 !! 」

「俺が何処にいようと俺の自由だろ。そう簡単に鬼頭を狙えるか、様子見。

 ついでに、お前に馬鹿呼ばわりは心外だな、桃子」

「ちゃんと答えなさいよ!」

 桃子は言葉の勢いそのまま、玄関先に立つ男を視界から消すべく扉に手を掛ける。

 だが立て付けの悪い扉は締りが悪く、逆手に取られてやすやすと部屋の中に入り込まれる始末。

 せめてもの反撃とばかりに思い切りにらみつけるも何処吹く風と言った様子で、男はずかずかと奥へと進む。

 早々に抵抗を諦め、桃子はリビングへ向かった男――…響に声を掛けた。


「何しに来たの」

「そんなこと聞くの?

 共犯者が鞍替えしたからあやかろうと思っただけなんだけど。

 ……ふぅん、ぼろアパートの割には随分いい部屋。2LDK? 俺の分まで部屋用意しといてくれたんだ」

「は?! え、何それ聞いてないしっ!! 同居なんてするわけ無いでしょ、出てって」


 慌てふためく桃子をつぶさに観察し、響はこれ以上ないほどの極上の笑顔を向けた。

 有無を言わせない、般若の笑みは彼女に確かな威圧感を押し付ける。

 何を言っても無駄だと悟った桃子はしぶしぶと了承の意を示し、ソファを指差した。

 それからそそくさとキッチンに向かい、きっかり十分後、温かな紅茶と菓子を手に戻ってきた。

 それに驚いたのが響である。

 まさかこういった形で歓迎されるとは思いもしなかった彼は、向かいのソファに座った桃子と紅茶を交互に見、僅かに首を傾げた。


「何、なんかある?」

「別に。 それにしても良くこんな部屋借りれたな」

「カードだけは貰ってるし遠慮する必要もないでしょ。あんなやつ財産圧迫されて死ねばいい。それに、バイトも入れてるし」

「全くもってその通り。桃子にバイトなんてできるのか、意外だけど」

「うざ。嫌がらせで同居するあんたにはほとほと呆れる。勝手にすれば?」


 ぐい、と紅茶を飲み干すと桃子はそのまま席を立つ。

 視線で空き部屋を指し、シンクにカップを置き、自分の部屋に引っ込んでしまった。

 一連の動きに付きまとった不機嫌そうに歪む表情を響は見逃さない。

 扉を閉める音を聞いてから、クッキーを一つ、口に放り、指先を舐める。

 ふ、と息をつくと彼の表情もまた変化していた。

 それは何処か楽しそうな、しかし苛立っても見えるような、不可解な色。


「嫌がらせ、なぁ」


 小さく呟く。

 玄関の外が騒がしくなってきたことに気づき、口角を吊り上げた。

 引越し業者が到着したに違いない。

 桃子の激昂する姿が浮かんだがしかし、部屋から出てくる様子はない。


「そんなつもりじゃないんだけど」


 程なくして聞こえた呼び鈴に響きは一度だけ桃子の部屋を見やる。

 物音一つしないその中が気になり、少しだけ扉をあけた。

 ベットの上でおそらく不貞寝したのであろうか、投げ出された四肢がやけに艶かしく、響は嘆息する。

 そっと寝顔を見れば、不機嫌にゆがんだ眉と裏腹に、口元には微笑が浮かんでいた。

 素直じゃない女、そう思いながら扉を閉め、業者の応対に出る。

 それ程多くもない荷物を受け取り、宛がわれた部屋に運び込んだ。


 今しばらく、当分は、このまま勘違いされててもいい


 眠る彼女の艶っぽさを思い出しながら響はぐったりとソファに体を預ける。

 いっその事印を刻んでしまおうか。

 そんな考えが湧き上がって、だが自らの強さを理解している彼はそれを静かに拒絶する。

 時間はある。ゆっくりと浸透させて行けば良いだけなのだと言い聞かせた。

 この歪な愛の形が、彼女を蝕むほどに。

 だからまだ知らぬままで、とも願う。


「馬鹿はどっちなんだか」


 動き続ける秒針の音に耳を傾けながら、響はそっと目を瞑った。





▼溺れてる欲してるだけどまだ大丈夫

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