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□雪化粧
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紅梅の雪化粧



 遠い昔。

 俺を慕うように、支えるように伸ばした小さな手。

 温かくて、柔らかくて、それはお前の優しさをそのまま伝えるようだったね。

 愛してた、愛してたんだよ、千鶴。

 ずっと一緒に居られると思ってたんだ。

 可愛い可愛い、俺の妹。





「薫さん、どうなさったんですか?」

「・・・・・・あ、ごめんなさいね。少し、考え事をしていました。

 お茶に誘ったのは私なのに、本末転倒ですね・・・?」


 島原での一件の後、俺は礼と表して千鶴をお茶に誘った。

 忌々しい沖田をどうにか捻じ伏せ、と言うよりは頼み拝み倒して、どうにか接触するに至ったって感じだけど。

 遠くで起きたがこっちを見張っているのが癇に障るけど、そればかりは仕方ない。

 当たり障りの無い社交辞令のような会話を幾らか。それから本題を切り出した。


「そういえば、雪村さんは、何故私を助けてくれたのでしたっけ・・・?」

「女の子が危険なトコに居ちゃ駄目じゃないですか! 知り合いだったら、尚更です!」

「そう、ですか」


 力説する千鶴に落胆する気持ちを押し隠し、曖昧な返事。

 ほんの少しでも、昔の事を思い出してくれたのかな、何て思った俺が、やっぱり馬鹿だったんだろうな。

 大好きな妹は忘れてしまったようだけど、俺は覚えているよ。



 梅の咲いた日だったね。お前が俺の手を何の前触れも無く掴んで走り出したあの時。

 戸惑いながら走った小道の先には、輝くような梅の花。

 幸せを享受して笑ってた、あの頃。そう、確かに俺たちは繋がっていたんだよ。



 それを、この前のお前に重ねた。

 重い芸者の服を一生懸命に引っ張りながら、迷い無く俺の手を掴んで先導したお前を。

 もう戻れない、あの早春の日に。




「それと」 


 そっと俺の手に触れる千鶴。瞳の奥は穏やかで優しくて、俺の中の狂気を溶かすよう。

 それじゃあ駄目なんだと、反対側の手を強く強く握りしめた。

 お前が忘れた憎しみは、まだ俺がお前の分も含めて背負わなきゃならないから。

 そうしないと、いつかお前が全部思い出したときに、『お揃い』になれないじゃないか。


 そう思ったのに。



「誰かの手を取って走ることが、懐かしかったから」

「・・・・・・・・・え?」

「よくわからないんです。夢かもしれない。

 だけどそのときの私はとても幸せで、背を追いかけるんじゃなくて、一緒に、少し先に、行くことが出来たんです。

 繋いだ手は何時も少しだけ冷たくて大きくて、私の一番、大切な人だったはずなのに。

 ・・・・・・なのに、

 なのに私は、それが誰だかわからないっ!!!」

「・・・・・・雪村さん」


 俺の手を握る俺より幾分小さな手が震えていた。

 本当はその手を握り返して、冷たい手は俺だって伝えたいのに。心の中を暴れまわる狂おしいほどの愛憎が、邪魔をする。

 悟られないように深呼吸して、俺は一人呟くように千鶴に告げた。


「きっと、相手の方は、今も貴方を覚えて、大切に思ってくれているのでしょうね」

「・・・・・・薫さん?」

「だって貴方が、大切に思おうとしていますから」


 ああ、大好きだよ。本当に、本当に、愛してたんだ。それは今でも変わらない。

 だけどもうそれだけじゃ足りないんだよ。お前が俺と同じくらい堕ちてくれなくちゃ、俺はお前と同じところにいられないんだ。

 だから相反する。

 誰よりも幸せであって欲しい、不幸であって欲しい。

 そんな俺の感情で傷つくのは、どっちにしろお前だね、千鶴。

 そうだよ。傷ついて傷ついて、そうして俺の元に戻っておいで。

 それまでは、


「そろそろお話も済んだのかな?」

「はい、ありがとうございました、沖田総司さん」

「別にいいよ、お礼なんて。千鶴ちゃん、友達少ないから」

「そ、その言い方だと私がいやな奴みたいじゃないですか!」

「あはは、何のこと?」


 それまでは、沖田と新選組に預けておいてあげるから。



 二人の話す合間に立ち去ろうとして、だけど千鶴に阻まれた。

 千鶴は俺が大好きで大切で、だけど何より見たくない笑顔で俺に言った。


「薫さん、ありがとうございました」

「そんな、私は何もしていませんよ。それでは、雪村さん、また」

「はい、それでは」


 今度こそ引き止める声も無くて、足早にその場を立ち去った。



 そんな純粋な目で俺を見ないで。

 そんなに真っ直ぐ俺を信じないで。



 お前がそうやって笑うたび、俺は息が出来なくなる。




 行き交う人並みにもまれながら、不意におかしくなって微笑を洩らした。

 滑稽な俺、まるで道化者だ。


「嗚呼、大好きだよ千鶴。もっともっと俺がわからなくなってもいいよ。思い出してもいいよ。

 その代わり、苦しんで、憎んで・・・・・・!!

 そうやってお前が俺を信じるたびにつく落とした時の表情は歪んでいくよね。

 そしたら兄さんは、もっとお前を愛することが出来るよね?!」


 咲き誇る梅を見て笑いあった日々はもう遥か過去。

 戻れない日々への妄執は、俺をどうしたいのか、未だわからないけど。



「だから今は誰よりも幸せでいなよ」







▼突き落としたのは俺かお前か

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