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□木賊
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木賊と氷面鏡
池に氷が張って、冬が近いんだな、と氷の冷たさに触れた。
薄く張られた其れはほんの少し熱が当たっただけで溶けて簡単に罅が入って、その様子に何故だか泣きたくなる。
どうしてなのか考えれば、答えはあまりに単純に、私の胸に落ちてきて。
彼らの、一瞬の生き様を思い出したから。
私は結局彼らと共に在れなくて。
だけど私の心の刻み込まれた確かな思いは、決して消え去る事は無いでしょうね。
磨いたら光る鏡の如く、思い出してはその度に色を増して。
池の辺りを見渡し、そしてあるものを見つけて私は頬を綻ばせた。
群生する、木賊。
池の氷を少しだけ割って、でこぼこした表面を木賊の茎で磨く。
氷が揺らめいて煌いて、まるで。
「ほう、氷面鏡か」
耳元に触れた囁きに驚いて振り返る。
神出鬼没の彼は、薄着だった私に自らの羽織をかけると、私の隣に座り込んだ。
「千景さん、何時の間に」
「たった今だ。仕事がひと段落着いたのでな、息抜きに外に出てみただけだ」
「そう、ですか」
私はもう一本木賊を抜いて、氷を磨いていく。
彼は何も言わず傍にいて、それが酷く心地よかった。
鬼の里に来て、半年。
千景さんは存外面倒見のいい人で、鬼の頭領として慕われているのが私から見ても十分すぎるほど分かった。
新選組を通しての繋がりしかなかった私を、毎日を無気力に生きていた私を、強引に妻にするでもなく、彼は里に迎え入れてくれた。
打ちひしがれた私を、優しく抱きとめるかのように。
「・・・・・・千鶴」
「はい」
「そろそろ、返事は貰えんのか」
私の行いを見守っていた彼は、ポツリとそう呟いた。
私は氷を磨く手を止めて、鏡のようになったそれに自らを映す。
私の心は何処に在るんだろう
新選組を引きずっているのは明瞭で、目が覚めた時に涙が零れている時も多々ある。
けれど私の心も変化しているはずなのだ。彼の呼び名が「千景さん」に変わっていったように、彼の傍が安堵する場であるように。
中途半端な私はどうすることも出来ないままに涙する。
ひとしずくが氷を溶かして、それが私と新選組の記憶すら溶かして消していくようで。
ああ、私はまた、逃げるのかな
そう思っていたら、千景さんは、私の手から氷面鏡を取ると、そのまま池に放ってしまった。
池に残っていた氷も、鏡も、割れて無残になって。
「惑うな、それにあいつらの心は宿っていない。・・・・・・わかっているのだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・」
強い力で抱き締められた。じわりと心の中を縛り付けていたものが消えていくような感覚。溶けて、軽くて。
気付けば私は彼の胸で思い切り泣いていた。止まらなくて、しがみつく。
「千景さんっ、私っ・・・・・・・・・」
「・・・・・・返事を急いたな。忘れてくれ」
「違う、違うんです」
半月ほど前に言われた「妻になってくれ」の言葉。
あの言葉に返す返事なんて本当はもう決まっていた。
なのに臆病な私はそれを伝えるのが怖くて、新選組を理由に逃げ続けた。
・・・・・・・・・最低だ。
だけど、だけど、もう。
「いいんです。私は、貴方と共に在りたい」
彼の目をみつめた。少しばかり狼狽しているような、だけど酷く優しげな。
微笑んで見せたら、彼は私の耳元でそっと囁いた。
「俺は、永久にお前と共に在ろう」
後悔はもうしない、貴方と共に生きていく。
そう言ったら、皆は何て思うのかな、何て漠然と考えた。
ふふ、と忍び笑い。
千景さんは少しばかり眉を潜めて、私の目元に接吻を落とす。くすぐったい様なそれは、私の涙を全部拭い去って。
「ずっとお傍にいさせてください」
消えた涙にさようならを。
未来を描くことに賛美を。
「勿論だ」
▼鏡の奥の後悔に別離