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□微睡む
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若草に微睡む
頬を撫でる風の心地よさと、柔らかな温度で目が覚める。
微睡んでいたつもりが何時の間にか本格的に眠っていたらしい。
目の前には総司さんの優しい微笑みが映って、幸せが込み上げた。
サワサワと揺れる草木が気持ちいい。
羅刹として昼に怯えた過去があるからこそ、今、光を享受する事に何にも変えがたい喜びを抱いた。
ふわぁ、と小さな欠伸。
恥ずかしくなって顔を背けるよりも早く、総司さんの指が私を捉えていた。
「駄目だよ、こんなに可愛い顔、見せないなんてさ」
そのまま抱き寄せられて、私の体は総司さんの大きな体躯にすっぽりと収まってしまう。
だけど何だかそれもいい気分で、そっと総司さんの背中に手を回した。
「君と過ごすこの瞬間が、永遠に続けばいいのに」
彼がポツリと呟いた。
それからばつが悪そうに、ごめんね、と囁かれる。
私達の幸せは有限だ。何時灰になっても可笑しくない身体で、総司さんは死病を患っていて。
毎日を後悔しないように生きようと努めても、やっぱり不安な日はある。
苦い薬を飲ませて寝かせても、彼の咳は決して止まることを知らないし、その場凌ぎだって、私だってわかってはいるのだ。
それでも私達は笑って過ごしてきた。
だから、きっと。
「永遠です」
気持ちが全部伝わればいいのに。回した腕に力をこめて、彼を見つめる。
「どんなに大変でも辛くても・・・・・・・・・いつか別れの時が来ても。
私は永遠に総司さんと共にいますから」
彼は目を見開いて、身じろぎひとつさえない。
何か彼を傷つける様な事を言っただろうか、不安が蓄積した頃。静かに彼は私の瞳に口付けを落とした。
「泣きそうだね」
そう言って、彼はそれが自分の事であるかのように、首を振って、また微笑んだ。
「全く、君に言わせてたんじゃ、しょうがないよね」
背中に触れる腕が微かに震えていた。
不安なのは私だけじゃないことを、改めて思い知る。
「あの頃は、新選組にいた頃は、死ぬのなんて怖くなかったのになぁ」
くつくつと笑うと、総司さんは私の目を見つめて、幾らか言葉にするのを躊躇うかのように、ぽつりぽつりと言の葉を紡いだ。
「・・・・・・今は怖いよ。凄く怖い。
僕はどう転がっても君を置いて死ぬことしか出来ないんだ。
忘れられるのはそれよりも、もっともっと怖い。だから君にはきっと一生忘れないようにって、それこそ呪詛のように愛を紡いでしまう。
好きなんだよ、千鶴。君の事を、誰よりも愛してる」
最後の言葉が、叫びにも聞こえて。
不謹慎だけど、嬉しくて仕方が無かった。
嗚呼、この人は今、誰よりも私を見てくれているって、そう思って。
「忘れません。
私は、総司さんのことが、大好きです。
だからどうか、」
そんなに悲しい顔をしないでください。
そう言ったら、今度は優しい接吻。
唇から伝わる想いが、苦しいほど。
私達と、私達を包み込む若草に、一陣の風が吹き抜けて、消えていった。
葉が数枚、風に舞う。
それをどこか晴々とした思いで見つめて、それからもう一度、総司さんを見つめた。
「ありがとう、千鶴」
そう呟いて彼は、少しお昼寝と目を瞑る。
その横で私もそっと瞳を閉じた。
目を覚ましたら、どんな話をしましょうか。
若草に包まれて私達は今日も静かな眠りにつく。
おやすみなさい、また後で。
▼沈みゆく夢の狭間