no title

□浅葱
1ページ/1ページ


浅葱に喪する

 
 血に濡れたその羽織を怖いと思ったことがなかった。

 誰とも知れぬほどのたくさんの血を吸っても、その羽織が元の色を失うことはなくて。

 それが皆の覚悟だったんだろうなって、今ならそう感じる。

 
 昔、一度だけ「着てみたい」と言ったことがあった。

 快い返事をくれた平助君を制止して、土方さんが、断った。

 「この羽織は、お前には重すぎるよ」と、そう言って。


 激化していく戦いの中で皆次々と亡くなって、千々になった。

 どうして私が生きているのだろうと、唇をかみしめたのは一度や二度なんかじゃない。

 巡礼した先々で見つけた、襤褸切れになった「誠」の旗や羽織。

 全部全部繕って抱えて、私は此処に戻ってきた。



 八木邸 前川邸



 今はもう無人だよ、と、お千ちゃんが言っていたように、もう其処には誰もいない。

 あれほど、狭い狭いと言っていた屯所が、とても広く見えた。

 中庭に足を踏み入れれば、葉桜になった一本の桜の木が、私を待っていたかのように揺れた。



「………ふ……っ…」



 後から後から、涙があふれて頬を伝う。

 瞳を閉じれば、皆の声が聞こえるような気がした。



 オカエリ


 
 そう言ってくれている気がして、それから私は気づいた。

 葉桜の中にたった一輪咲き誇る、桜の花に。



「あ………あ……」



 狂い咲いた、と呟いた。


 夏の日差しに唯一輪。

 触れようとしたら、風に吹かれて散ってしまった。

 まるで、私が最後まで触れることのできなかった、彼らの生き様の如く。

 空の下で舞う花弁。空の色を、あの浅葱に重ねた。

 

 新選組はもう無くなってしまったのだろうか。


 
 ふ、と思って、それからゆっくりと首を横に振った。

 確かにそういう組織はもう無くなってしまったかもしれないけれど。

 だけど、心の中に新選組は、彼らが掲げた『誠』は刻まれている。

 
 私は隊士になれなかったけど。

 最期を彼らと共にすることもなかったけど。

 
 それでも、私を「仲間」と言ってくれた彼らの言葉は本物だったと、そう思える。

 嘘なんかじゃない。


「さようなら」


 桜の木の枝に手に持っていた浅葱色の隊服をかけ、無人になった大広間に擦り切れた誠の旗を飾った。


 私はきっと桜を見るたびに彼らを思い出すだろう。

 空の浅葱に彼らの覚悟を、桜の散る様に彼らの生き様を。


 全部全部抱えて、私はこれからを生きていく。



「大好きでした、ありがとう」



 彼らと過ごした日々が、私の背中を後押しするから。




▼未来を見つめて
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ