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□忘却の彼方
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  忘却の彼方



  カタン・・・と、小さな引き出しを引く。
  真新しい真っ白なハンカチの上にポタポタと涙が落ちた。
  思うことなんて、決まってた。

――諦めようと思いました。他の人を好きになろうと、努力もしました。
      でも、出来ませんでした。ごめんなさい、本当は今でもアルメダ先輩が好きなんです。

  アルメダが、チェイカしか見ていない事なんて、判り切っていたのに、それでも、夢を見てしまった。
  ほんの少し、優しくしてもらっただけで、「もしかしたら」なんて思った自分が馬鹿みたいだ。

「いっそのこと、嫌いになれたらどれだけいいだろう。」

  アルメダと、アルメダが恋しているチェイカは、プリンセスの側仕えで、自分は、その部下。
  チェイカだって、アルメダの事を想っているらしい、と噂は絶えない。

――チェイカ先輩とアルメダ先輩なら、似合いのカップルじゃないですか。

  自分にはちっとも似合わない。あの、温かな笑顔は。

  この部屋を出れば、いつも通りの日常が始まる。
  誰も、自分の事は気にもかけない。
  相変わらず仕事は絶え間なく忙しいし
  体を維持するためには食事もするし、睡眠だってとる。

  今日も明日もその後も変わらずに、王宮に仕え、働く。

  何も、変わらない。

「けど、安心してください。もう、先輩の事は、忘れますから。」

  客室の掃除に行ったときにもらった薬。
  お客人は、ソレを「思い出薬」だと言っていた。
  忘れたい想いを、宝石にして封じ込めておけるのだ、と。

――先輩を想うのが辛かったんです。
      甘美な夢を見る代償に突きつけられた現実は、あまりに夢とは懸離れ過ぎていたんです。

  薬を飲んでしまおうとする今でも、心のどこかでアルメダが止めに来てくれることを望んでる。

「先輩、私の一方的な想いだったけれど、愛していたんですよ・・・?
・・・・・・・・・さようなら・・・。」 

  一思いに飲み干したソレは、ほろ苦い味がした。
  
「ずっと好きでした。だから忘れはしません。だけど、この気持ちは忘れます。
 本当にありがとうございました。・・・先・・・輩・・・。」

  グラリ・・・と体が揺れた。・・・と同時に何かが転がり落ちる。
  もう自分が何に泣いていたかなんてわからないし、思い出そうとも思わない。

    ――何で泣いていたんだっけ・・・?

「あぁ、そうだ、さっきアルメダ先輩から廊下掃除を言い渡されていたっけ。」

  何となく気だるい体を上げて、部屋を出た。
  ソファの上に落ちた桃色の宝石には、気付かないまま。
  又は、二つの影が、彼女の部屋に入った事には気付かずに。

「ローズクウォーツ・・・か。」
「ねーえー、マイセン、何であの薬、あんな下等な生物の人間の女になんかあげたの?僕、わからないよ。」
「バーカ、ああいう奴にこそ、この薬は、必要だったんだ。・・・ほら、宝石は回収した事だし、行くぞ、ミハ。」

    ――俺の柄じゃねーけど、アンタが次こそは、報われる恋をする事を願っててやるよ。

  フッとマイセンは笑うと、手のひらの宝石を大事そうに握りしめた。

                                    end

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