no title 2

□君と僕の平行線
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「誕生日おめでとう、紫苑。もうすっかり大人ね」

「うん母さん、ありがとう」

「お兄ちゃんお誕生日おめでとうありがとう!」

「あはは、パン一つで現金だな」



 ケーキの甘いにおいのする店内。

 息子が成人した記念に、とバターロールが無料で配られて、ひっきりなしに子どもたちが来店のベルの鳴らす。

 足元を駆け回るツキヨはすっかり母さんになついて、今ではパン屋の看板鼠だ。



「母さん」

「わかってるわ。行ってくるんでしょう、いつものとこ」

「うん……でも、今年もいなかったら、僕はもう断ち切るべきだと思ってる。

 あの時も四年だった。だから、きっとこれで戻ってこなかったら諦めもつくから。……ごめん、母さん」

「いいわよ、別に。彼がもしいたら、連れて来るのよ? とっておきのマフィンにケーキ、用意してるんだから」



 何もかもを許容して母さんはいつものように僕を送り出した。

 行き先は、元西ブロックの、ネズミとすごしたあの部屋。

 開け放した窓は、今日だけは閉めた。


 
 あの部屋で夏を過ごしたい。


 
 そう言った僕自身を信じてる。

 もう残暑だけど、ネズミが現れるなら、きっとあの場所だ。













「思ったより、埃っぽくないんだけど」

 
 積み上げられた本は綺麗なままで、部屋はある程度片付いていた。

 この部屋を保とうとする人物なんて、俺は一人しか知らない。


「……なぁ、紫苑。あんた、いったいどん位の頻度で此処に来てた訳?」


 返事なんて無いはずの低めの天上に呟く。

 手に取った本は、マクベス。


「あんたが此処に来て一番最初に読んだのが、マクベスだったな」

「その頃よりは上手く読める自信、今ならあるけど」

「………は」



 背後から伸びた手にビクリと肩が揺れる。

 本は誰かの手に渡って、振り返るのが怖い。


 誰かが、分かっているから。


「ネズミ、僕はもう君には合えないと思っていたんだ。

 君の嘘はあんまり分かりやすくて、だからきっと平行線で。

 今日を最後にしようと思ってたんだよ。

 なのに、どうして君は此処にいるんだ」

「……いちゃ、いけなかったか」

「違う、僕は君を渇望していたから。

 君に会いたくて会いたくて馬鹿みたいに毎日が空虚で。

 このままじゃ君にはずっと会えないと思ってた。だから、断ち切ろうと思ったんだ」

「……無理だった、俺も、あんたも」

「それを僕も君も認めるなら、なぁ、ネズミ。

 ………今度こそ、僕らは共に生きる事が出来るか?」



 肩を抱く手が熱い。

 その手を感じる、俺自身の肩も、発熱している気がした。


 ダメだ。

 自分から囚われに来た事を、俺は、認めなければなるまい。



 腕を引っ張って、甲に口付けをして。





「紫苑、20歳の誕生日、おめでとう。

 ………これからも、あんたの誕生日、祝わせてくれ」












▼平行線はいつしか垂直に堕ちていく
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