no title 4

□たどりつく
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【世界はいつだって誰にも優しくないから忘れることさえ出来ない】


 幾ら時を経ても忘れられないのは、あの日あの教室で見た、人識のやるせない笑顔と悲しいくらいまっすぐな殺意だ。

 弱い僕でごめんね、なんて謝れなかったから、僕は今でもあの日を思い出しては目を閉じる。

 見ない振りをして過ぎてった日々、後悔することさえ弱さと断定された時間。

 なくしてしまいたかったあのころは、それでも、今を繰り返す僕の道しるべになったまま。



(だからもうすこしだけ、であいなおすよ)



 *



 一度目は、ごく普通の一般家庭の長女として生まれなおした。両親は凡庸で、じきに生まれた妹は少し利口なだけの平凡な子供だった。僕は生まれたときから病弱で、だけどそれすら周りには当たり前にとらえられた。

 僕は普通の中で普通に育って、なんの疑問もなく成長して普通の子供として幼稚園を過ごして、そして小学六年生になったころに、ふと思い出した。

 自分が殺し屋だったこと。人喰いの出夢だったこと。誰よりも何よりも強さに特化していたこと。

 そんで、なんで僕はこんなフッツーの子になっちゃってんの?

 というのが、最初の感想だった。たくさんの人に囲まれて、学校なんか行っちゃって、毎日ステキにタノシク過ごしちゃって。

 でもまあいいか、と思った。妹は理澄にちっとも似ちゃいなかったし、誰か見知った姿もなかったけれど、きっとカミサマとやらがくれた「平々凡々な世界」なのだから、と思った。


 が。


 中学に行って一番最初。僕の隣に座ったのは、零崎人識ならぬ、汀目俊希だった。驚いた。嬉しかった。今度こそと思った。

 だけど、僕と人識は交わらなかった。徹底的に、何か見えない壁でもあるかのように、僕と人識は会話の一つもなかった。

 それは虐めとかいうやつ。病弱かつ記憶を取り戻してからの言動が微妙にずれていった僕を、中学生という全くもって多感な時期に直面したクラスメイトは見過ごしてはくれなかった。

 僕は被害者で、クラスメイトは加害者だった。何人かの気が咎めた奴だけが、申し訳なさそうに僕をみては目を伏せた。

 人識はどちらでもなかった。哀れみもしなければ加害者にもならなかった。ただ、淡々と「僕」という存在を視界に入れなかった。無いことにしていた。人識にとって僕はなんでもなかったのだ。

 僕は普通だった。ただただ、普通で普通の、「匂宮出夢」からすれば笑ってしまうくらい脆弱な精神しか持ち合わせていなかった。

 だってしょうがない。思い出したのはあくまで記憶だけなのだ。「匂宮出夢」の記憶があるからといって今の僕が「一喰い」を放てるわけじゃない。強さに特化できるわけじゃない。

 じわじわと毒が回った。疲弊して、やつれていった。


「僕はさ、こんなことのために生まれ直したわけじゃなかったんだと思うんだよ」


 辿り着いたのはそんな狂気じみた結論だった。

 この時点でまだ一度目。当時の僕は、自分が人生を何度もやり返すことが出来ることなんて知らなかった。

 すり減った精神はまともにものを考えてはくれなくて、知らないくせに諦めた。


 その日の空は多分、灰色の雲に覆われてなんの光も見えなかったはずだ。





 二度目からは少しずつ要領がよくなっていった。


 回数を重ねるごとに僕はそれまでの生を思い出すまでの時間が格段に短くなった。それはつまり、「匂宮出夢」じゃない僕の時間を奪っていることに他ならなかったのだけれど。

 人識とは、巡り会ったり、巡り会えなかったりした。中学で出会えなければ、ほとんど会うことは絶望的であることに気がついたのは十回も繰り返した頃だったと思う。

 一度死を経験してしまうと、甘美だと思ってしまう。楽な方向に流れてしまう。重荷を全て捨て去ってただ振り切って飛んでしまえば、あとは何も僕を縛るものはない。


 そーやって僕はどんどん弱くなった。



 直木飛縁魔と再会したのがいつだったかは明白じゃない。気がついたらするりと僕の背後に立っていた。

 飛縁魔がいうには、僕、つまり「匂宮出夢の残像」はIF世界の僕の人生を邪魔しているらしい。

 本当なら、平々凡々に人生をいきるはずだった「僕じゃない僕」の体を、精神体の僕が乗っ取っているようなものでつまり僕は今でも、殺し屋なのだった。


「しっかし飛縁魔さんよ。僕としちゃああんたが僕に協力的ってのはものっすごい違和感なんだけどさ、それってなんか意味があるわけ?」

「俺は君に、ああいや、《匂宮出夢》に既に殺された存在だからね。どこの世界だって適当に渡り歩くのさ。幽霊って奴だね。あちらこちら歩き回って、君みたいな可哀想な可能性を見つけた。しかも知り合いときたものだ、手伝うことだってやぶさかじゃない」

「おっやさしー。でもよ、別に僕はあんたに助けなんて求めてないよ。繰り返すことにはもう慣れたんだ」

「君はもう、強さに固執した存在ではないのだから人の手を借りることにどうして抵抗を持つんだい」

「……」

「君は人の体を間借りして自殺を繰り返しているようなものだろう、《匂宮出夢のそれっぽい残像》くん。自分から他人の手を借りずして、どうやって可能性を見出すというのかな」

「……うっせーよ、わかってんだそんなこと」


 飛縁魔とはそんな話ばかり繰り返した。僕が死ぬたびに、何度も何度も。




 *



「あー、だめだ。この生じゃ僕はもうがんばれないや。ごめんね、人識。ほんっと、弱くてやんなっちゃう」



 僕は死ぬことに慣れすぎた。

 だからまた空を飛ぶ。



(世界は誰にも優しくないけど、幾らでもやり直すリセットボタンを僕に与えてくれたらしい)



 
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