06/15の日記

07:53
八時限目 下
---------------
 再会を必ず。


 それは偽らざる本音だと思ったんだ、思ってたんだよ、紫苑。あんたにもう一度会いたいと、そう願った俺は、事実だったよ。

 なのに、さぁ。


「紫苑、あんたに出逢わなきゃ良かった、なんて思う日が来るなんて、考えても見なかった」


 ざくざくとただ砂だけが埋め尽くす大地を踏みしめて、俺は今、NO.5からNO.6への帰途の途中。




anoter position ネズミ




『お前が恐れたのは彼の存在以上にお前自身の変質でしょう、森の子よ。

 浮遊を決めた、と言うのが逃げでなく何だったと言うのです。

 お前が言ったのですよ、「人を信じてくれ」と。「見限るな」と。

 先頭切ってそれを破るのは私への裏切りでは無いのですか』


 そんな言葉が頭の中に響くようになったのは、NO.6を出て二年も経とうとしていた頃だ。

 NO.1まで辿り着き、そんな最果てまで来て尚落ち着かない、落ち着けない自分にほとほと呆れた、そんな時だった。


「……え」


 NO.6から、森から、遠く離れたこの地で聞いたのは確かにエリウリアスの声だった。

 驚きより何より困惑が大きい。勿論、この二年間、彼女が現れることを予測していなかったわけじゃない。

 だが時間の経過と共にその可能性を廃していたのは事実で、というか、忘れていたと言い訳出来る位には頭から抜けていた。


「エリウリアス」

『おやめなさい、お前に口を開く権利はありません。私は随分我慢しました、お前やあの紫苑という子を信じました。

 紫苑はよくやってくれていますよ、もう一度人間を赦そうと思える位には。

 ……だがお前は一体何をしたのです、森の子よ。世界の最果てを見たいというから待ちました。それが経験になると信じたからです。

 ですが。お前のそれはただの逃避ではありませんか、森の子。私がここまで糾弾しているというのに、お前は気づいていないのですが、

 自分が全く帰る気を持っていないこと、を』


 そんな断罪。そんな糾弾。

 あ、と形作った口元が、自分で自分の気持ちを暴露した。


 俺は、あの場所に戻りたいと、思ってるのか……?

 再会を必ず、って、それは本心だった……?


『お前にはもう期待していません、森の子』

「え、ちょ、待て……ま、待ってくれ。俺はエリウリアスを裏切る気は無くて、」

『行動は全てをそう裏付けていると言うのに?』

「……っ」


 淡々と紡がれる声は僅かな苛立ちを帯びて来て。


『……遅きに逸しています、これから私はお前を私の管理下に置きましょう』

「……どういう、」

『NO.6へ帰りなさい。精々惨めったらしく、どうにも救われがたい姿で』




 二年掛けて同じ道を辿った足取りは酷く重かった。首の付け根では今日もエリウリアスの繭が蠢いている。

 自分の体の所有権が段々と離れているのが分かった。

 もう、俺は俺という存在じゃない、のかも知れない。


「……っ」


 付け根がじぐり、と痛む。エリウリアスが話しかけてくる前兆だった。


「もーすぐ目的地周辺って所だぜ。何が不満だよ」

『……』

「俺は、こんな形で再会なんて望んでない。あんたの好き勝手に付き合うのもこれっきりだ。

 エリウリアス、俺は俺の落ち度で此処にいる。あんたとの約束でもあるからそれには従うさ。

 でも、紫苑は別だ。……再会を必ず、なんて。最初っからただの戯言だったし、そうで無かったとしてもあんたの管理下に置かれた俺なんて、紫苑には死んでも見せない」

『お前の意志による所の回答なら、それもいいでしょう。……嘘偽りを、塗り固めているなら別です』

「へぇ、意外だな。そういうの、神様なら見抜けるもんだと思ってた」

『全知全能な者などこの世に存在しうると思いますか、森の子』

「そりゃ愚問、だったな」


 あんたがなんでも出来るんだったらNO.6は俺や紫苑が壊さなくてもとっくに御陀仏だったな。

 皮肉混じりにそう呟くと、彼女の羽音が耳元でその音量を上げた。


『右目では飽き足りませんか』

「……冗談」


 顔をしかめずれて右目の眼帯を当て直す。……もう、その場所は目とは言えないナニカしか残っていないけど。


 救われがたい、と言うのが精神的に厭きたらず肉体的にも当てはまる事に気付いたのは既に事後だった。

 エリウリアスは俺の中に寄生した折に、その才能を持ってして呪いと呼ぶべきダメージを産んだ。

 身体の中を駆ける神経毒のようなそのダメージは、一点集中で右目を――紫苑がいつだったか夜明け前の空、と言った瞳を、腐り落とした。

 痛みに異変を覚えた時は、もうとっくに手遅れだったのだ。


「ああ、見えてきた」


 虚ろな左目に映ったのは、西ブロックの残滓のような光景だった。

 元図書館のあの部屋に通ずる通路、イヌカシの廃ホテル、撤去の後が僅かに残るコンクリートの残骸。


 ――紫苑、俺、この場所に戻ってきた


 逃げるように離れた四年前。

 もしかしたら俺は、変わっていくこの場所を、NO.6という寄生都市が自立していくのを見たくなかっただけ、なのかも知れないと、ふと思う。

 紫苑と、紫苑の手で変質する都市を。


「……もう、いいだろ」

『都市内部まで』

「我が儘なカミサマだ、まったく」


 足を進めると同時にポケットがかさりと鳴った。

 一錠の、青酸カリ錠剤。

 紫苑にこの状態を見せるくらいなら死んでやる。その思いを端的に表した物理的。


「でも」


 これは賭けだ。

 この錠剤が俺の意志で使えるとは限らない。もしくは俺の意志が彼女の所有物になるかも知れない。


 ――まぁ、紫苑に会わなければそれで済む話、か。


 そんなことを嘯いて。


『森の子』

「はいはい了解申し上げます、陛下」


 かつてNO.6だった街に、足を踏み入れる。




▼寄生都市と寄生主

 



☆コメント☆
[耀] 06-15 12:26 削除
ネズミさんの瞳が…(。´Д⊂)         
エリウリアスぅぅぅ〜( ノД`)…

[ミケ] 06-16 01:09 削除

危ない賭けなんてしないで!
ネズミ!!
右目ぇ〜!!

[おざ] 06-16 22:50 削除


いやぁぁぁ
ネズミぃぃ(;Д;)!!!

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ