創作置場(長編)
□サブマリン――SubMarine――
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「そうです、魚雷を被弾する前です」
「聞きます」
一ノ関が夫人の方を向くと、夫人も力強く頷いた。
ヘッドフォンの音声をスピーカーにし、夫人を支えながら耳を傾ける。
~堂曹長が再生ボタンを押した。
流れてくるのは、いつもの穏やかな凛々しい声だった。
聞いていると心が落ち着くが、勇気づけられる力強い声。
支えた夫人を隣にあるオフィスチェアーに座らせる。
《一ノ関、聞いてくれ》
仕事場の、真面目な声だった。
艦内でふざけ合う時のものではなく、任務中の緊張した少し強ばった声。
《せきりゅうは狙われている。少し浮上してカメラの映像も確かめてみるが。もし俺たちが助からなかったら、お前は新造艦につけ。絶対にやめるな、約束であり命令だ》
強い口調で言いながらも、最後は優しい声が混ざった。
まだ音声は続くらしい。
《お前は立派な海の男だよ、俺が育てたんだ。そして俺たちが無事帰還したら笑え。馬鹿みたいに真剣になっている俺たちを笑え》
笑う事なんてもう出来ない。
そう、艦長は海の底だ。
遺体の回収も出来ず、そして多分回収する遺体も残っていない。
外殻を全て破壊する魚雷の威力と水圧は半端ではない。
《帰還しなかったら、今から送れる限り伝言を残す。それをみんなに伝えてくれ、頼む》
頼まれましたよ、艦長。
俺は海幕がなんと言おうと、この音源をCDに焼いて配ってみせる。
《お前にそんな大事なことを頼んだんじゃあ心配だから、俺は必ず帰らなければならないだろう?》
艦長、あんたは。
今の俺たちを見てくれているか。
《津路だ、俺は潜水艦乗りになったことを公開していない。父さん、母さん、姉ちゃん。由希、帰れなくてゴメンな、俺、誰に聞かれてもいいぐらい好き》
声が変わってクルー一人ひとりのメッセージに変わる。
先輩、古参曹長。
今回の船出は50人しか乗せていなかった。
後の20人は、今連絡を取っているところだという。
無くとも、すぐに駆けつけてくるだろうが。
《矢神だ。父さん、母さん、いままでありがとう。一ノ関、俺同期同格のあんたのことすっげぇ尊敬してた。いつも憎まれ口ばっかりでゴメンな。でも俺…》
そこで何を言おうとしたかは解らないが、唯一無二の友、矢神はやっぱりやめたと言って他のクルー達に変わった。
どれだけ不安だったろう。
両親に永遠の別れになるかもしれない言葉を告げるのは。