献上

□原色パレット
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昼とは一転し、暗いエントランス。月光を浴びて鈍く光る武勲の数々。
壁に飾られ、家主の栄光を誇っているのか。あるいは、曝されるという屈辱に嘆いているのか。
あいにくそれらに口はないので窺い知れる事はないが、ある宝刀は後者だろうと断言出来る。
宝刀・ガルディオス。
ここ数年の内に手に入れた公爵の名誉で、以前の持ち主の首と共に奪った代物。
昼間、ここを通された際に主人の武勇を誇らしげに謡う執事に説明され、切り捨てたい衝動に駆られた。
貴様に何がわかる。と即座に抜刀して奪い返してやりたかった(拳を力の限り握りしめるだけで終わったが)
けれど、それ以上に衝動を宥め続け、忍耐強く日々を過ごしているのはきっと。
(…やはりここに)
そっと音を忍ばせ、たどり着いたエントランスにはすでに小さな人影があった。
気付いているだろうに、発せられない声。凛としてしっかりと立つ姿。
青白い月の光を背に中央の、飾られた蒼い剣を一心に見つめる碧い瞳。
静寂の中、ゆっくりと足を運び彼の背後に回った。自身の影が少年の身体を覆い隠す。それでも少年の声は聞こえなかった。

「こんなお時間に何かご用でも?」
それからしばらく互いに無言のまま佇んでいるとぶっきらぼうな、それでも使用人の形は崩さない言葉が漏れた。
振り返るそぶりはなく、背中越しからの言葉。
「いや 君に申し付ける用は何もない」
あくまで客人としての物言いで返すと、そうですかと感情の読み取れないそれで返される。
「昼間の答えは出ましたか?」
「えぇ 出ました」
また口を開いてくれたが、やはりそれも背中越しの問い掛けだった。
(顔が見たい)
ならば近付けばよい。ふと湧い出た欲求に従い、コツリ、コツリと靴音を鳴らして彼との距離を詰める。

「私は絶対など信じません」
信じていたかった、とは思いますが。苦笑を交えながら少年の背後にピタリとついた。
「未来永劫続くものなどない。全ては過ぎ行く、刹那の幻でしょう」
背後から少年の肩を、あるいは胴を通り腕を回す。それでも少年はぴくりとも動かず、まるで彫像のように直立不動だった。







幻とわかっていても手を伸ばしてしまうのが人間です。

私もまたしかり。

だが、過去の約束が弔われてない以上……。







「私は変わらず、貴公のお側にありたいと思います」


華奢な肩に乗せた頬に、すぐ横のはねっ毛が触れた。身体に言い知れぬ懐かしさが広がる。
(あぁ そうだ…こんな髪であった)
ゆるゆると伸ばした武骨な手に一房の髪を絡めてゆっくりと梳く。
何回、何十回。もしかしたら何百回としたはずだ。泣いている時、眠っている時、笑っている時。
その思い出はいつも暖かな風景と共にあるが、もはや消えてしまった儚い過去に過ぎない。

「…詭弁だ」
「けれど筋は通る」
そうだな。くつくつと喉で笑いながら少年は肯定しその身を委ねた。





「僕は盾を欲した」
下から伸ばされた両腕。
「何者にも破れぬ盾を」
一つは私の存在を確認するように顔に。
「自分を、皆を守る未来永劫の盾を欲した」
一つは腕を取り、甘えるように擦り寄る。
「でも今は違う」
ぬるりとした生暖かい舌が存在を確認するように満遍なく指に這わされる。
ちゅるり。指と舌とが絡まり何とも卑猥な水音がエントランスに響いた。
「俺は剣が欲しい」
戯れ程度に歯を立てられ、鈍い痛みが走るが問題ない。
「何者にも折れぬ剣を」
つぷりとようやく指を解放し、身体を反転させ向かい合う。
「自分をも切り伏せる刹那に閃く剣が欲しい」
少年らしかぬ、酷薄な笑みを浮かべ見上げる双眼。懐かしい故郷の碧に唇を寄せた。

(ああそれでこそわがあるじだ!!)










全て混ざれば黒になる
(色鮮やかな未来などないのだから)



「全ては貴方の望むままに」
額の上に唇を落とすと、その下のシニカルな笑みが私の渇いた身体に浸透する。衝き動かす衝動のまま唇に噛み付いた。

End.
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