献上

□鈍感王子の初恋
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「……何ですか?」
彼が怒る事などそうそうない。けれど怒らせるような理由は見つからない。無難な言葉を返したのだが。
彼ははたと我に返った様子で落ち着きなく、視線をさ迷わせた。
「あ、いや…あの」
彼が口ごもる事など、これまたそうそうない。急に怒って、それが一転目の前でうろたえている。そんなに困らせるような事を言っただろうか(どちらかと言えばこっちの方が困っている)
まぁしかし。何にしてもコロコロと変わる表情は見ていて飽きないし、何よりここ最近忙しくて一緒に過ごせなかった分、久々に見た恋人の百面相は可愛いと正直に思う。
「可愛いですね」
だから。その気持ちをそのまま慌てふためいている彼に伝えると悔しそうな、それでいて苦い顔をして耳まで真っ赤になり。
「………っ!!」
ガタリと盛大に足をぶつけながら、何も言わず背を向けて走り去ってしまった。
初な反応。
にしては複雑な顔をしていたし(何を今更な部分もある)そもそも何かを言うためにわざわざ足を運んでくれたようだった。
のにだ。何も言わずに去るだなんて。
(…何を言いにきたんでしょうか)
取り残されたジェイドは疑問付を浮かべながら、とりあえず書類と彼が飛び出した扉を見比べ(迷う事はない。形式的にやってみただけだ)
やれやれと溜息をつきながらも立ち上がり、彼を追ってジェイドも部屋を後にした。










(ああぁぁぁあ!!もう俺の馬鹿っ!!!せっかくジェイドに会えたってのに、困らせるような事を口走って…もう最悪)
足速に横切る靴音が主の荒んだ心を現すかのようにガツガツと廊下に響き渡った。
両手で―せっかく整えたであろう―髪を爪を立てぐしゃぐしゃと掻き乱す。他人に八つ当たりは出来ない、きまじめな彼の小さなストレス発散だが。効果の程は薄い。
(ジェイドに悪気はないんだ、うん多分絶対。勝手に嫉妬してる俺が悪いだけ…。と言うかそもそも軍の階級も上だし、陛下と幼なじみだし、人と接する機会が多いのは当然じゃないか)
速度は徐々に低下し、急激に足が重くなる。どう足掻いた所で結論は変わらない事を思い出したからだ。
(それに…俺だって似たようなもんだし、一々嫉妬なんかしてたら疲れるってわかってるさ)
例えば。
そう例えばである。恋人である俺を差し置いて、他の誰かと話しているのが気にくわない。とか。俺以外の誰かに笑みを浮かべるとか許せない。
とか色々あるけど口にした事はない。我が儘は言えない。
相手を困らせるだけだろう事は十分承知しているし、まして言ったところでどうにかなるような問題ではないと理解している。
それに、何よりそんな子供の独占欲じみた思いは無茶な願いであって、言えるはずがなかった。
(自分がこんなに嫉妬深いなんて…知らなかった)
とうとうぴたりと止まってしまった足。視界はクリアだけど、きっとひどい顔をしているに決まってる。

「ガイ」
後ろから声をかけられる。
聞き慣れた声が。追い掛けてくる事はないと思っていた優しいあの人の声が。
ひどい顔をしているとわかっていたのにそれを忘却させ、身体を無条件に振り向かせた。
「どうしたんです…?」
さも当然のように硬直して動けない俺に近付いて、そしてこれまたさも当然だと言うように頬に手が添えられる。
「泣きそうな顔、してますよ」
「………っ」
(原因はあんただ馬鹿っ!!俺の気持ちも知らないでよくもそんな事を…っ!!!)
じわりじわりと視界が涙に浸食されてぼやける。何もわかってない優しい言葉に怒りを覚えながらも、それ以上にかまってくれた事が嬉しくて。
今にも泣きそうな顔を隠す為にジェイドの肩に顔を埋めた。
おかしな人ですねぇ。と苦笑して頭を傾げたようで彼の長い髪がさらりと首筋に流れる。
(ばかばかばかばかばか…っ!!!)
抱きしめてくれる腕に甘えてぎゅっと目をつぶった。





嫉妬深い姫にご注意を
(我が儘なんて言ってない、あんたが気付かないだけだっ)

End.
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