献上

□セピア色の記憶
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「ティア…?」
腕の中から聞こえる寝息に声をかけるが、起きる気配は皆無。時計を見れば、彼女の就寝時間を大幅に上回っていた。
ゆっくりと体勢を変えて妹を抱えてベッドへ向かう。途中の階段で起きてしまわないか、冷や冷やしながら。
「…今日はどうかしてた」
毛布をかけてやりながら、ごめんと聞こえるはずのない謝罪をする。

寝る前にお話をして。
彼女は毎夜そう言って夢物語をせがむ。
ガラスの靴。マルクトの星。毒入り林檎。三匹のブウサギ。人魚の涙。ねこにんとうしにん。南瓜の馬車…………。
普段は大事にしまわれた本棚から彼女のリクエストした絵本を広げて読み聞かせをする。
しかし、今日は差し出された絵本をやんわりと断って昔話をした。
彼女が産まれる前の物語を。自身が幸福だと本気で思えた頃の物語を。
彼女はまだホドを知らない(それはまだ教えてないから)
いつか知った時、今日の事を思い出してくれるように願いを込めて話した。

静寂に包まれた室内に秒針の音は響く。
かちりかちり。確実に流れていき、やがて時計の頂点に全てが揃った。
(あぁ もうこんな時間か…)
ふらりと立ち上がり、庭へ出る。最近、妹と一緒にセレニアの花を植えたばかりのまだ殺風景な花壇。
セレニアが月明かりに照らされて、やけに目につく。
「…誕生日おめでとうございます」
月の眩しさに目を細めつつ、頬が緩むのを感じた。



ねー ヴァン。どうしたらけんってなくなるとおもう…。
それは難しい相談ですね。
ぼくね 島のみんなをまもりたい。だけどほかのひとをきずつけたくないんだ。
ますます難しい事を。
ほんとうに、むずかしいことなの。
えぇ難しいです。
でもヴァンなら出来るよね。
何故ですか?
だってぼくのじゅうしゃなんでしょ?


(永遠なんて存在しない。だけど貴方がそれを望んでいるなら全てを守ろうと誓った。貴方だけの従者でいると誓った…)







(貴方を殺した私でも、貴方を祝う事を許してくださいますか?)
そっと目を閉じて、瞼の裏に映ったあの方はそれは幸福そうに笑って手を伸ばしてくださった。
End.
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