献上

□惚気は日常
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主は至極ご満悦なお顔をされてテーブルの上に置かれた赤い苺を見ていた。






惚気日常







(春だな)
(えぇ春ですね)
(なぁヴァン)
(なんでしょう?)
(苺が食べたい)

そんな唐突で不思議な経緯で急遽アリエッタとシンクをエンゲーブへ向かわせ、頂いてきた苺は小山のごとく。
土などの汚れを水で洗い落とし、ボウルの中に入ったそれらは紅玉のように日の光を受け、輝いていた。
「エンゲーブから取り寄せたんだっけ?」
「極上の物を」
どうりで綺麗な赤をしているわけだ。と楽しそうに笑い、大粒のそれを一つ手に取りかじる。
それにより室内に甘酸っぱい苺の香りが広がった(ような気がした)
「美味しい」
「それは何より」
物事がなんであれ、主の笑みに代えられるものはない。次々と頬張る姿に知らず、口許が緩む。
「貴公の喜びは私にとってのこの上ない誉れです」
「…恥ずかしいやつ」
少々むくれて俯いてしまった。けれど、それは照れ隠しだと知っているのでますます緩む口許を抑えられない。
もごもご何か文句を言っているが、それがどうも幼く見えてつい声に出して笑った。

大粒の苺は一口では大き過ぎて食べられないらしく、二度に分けて咀嚼していく。
一つ。また一つと削れていく山につれ、唇や手にみずみずしい赤が溢れるので、彼も美味しそうだと思った(実際はありえないが、そんな風に思ってしまった)

その指に。

唇に。

触れられたのなら。

そこはどんなに甘露だろうか。

「どうした ヴァン?」
甘すぎる妄想の中、意中の人の声で現実に引き戻された。
見入っていた視線に気付いた主は手を止めて、不思議そうにこちらを見る。
なんでもない、と普段通りの微笑みを浮かべ彼の横に立つ。

「汚れてますよ」
「わかってる」
後で拭く。そう言ってまた苺を一つ取る。
そして何かを思い出したようにヴァンに向き直った。
「…言い忘れてたけど」
また何か注文があるのか、と無意識にヴァンは身構えた。しかしそれは杞憂に終わる。
唇に冷たい感触。押し付けられていたのは先程手に取ったみずみずしい苺。
満面の笑みに押されるまま、それを咥内に迎え入れる。
美味しいかと尋ねる彼に頷く(口いっぱいでどうにも話せなかったのでそれしか出来なかったのだ)と唇をふさがれた。





殺し文句は日常茶飯事


(苺よりもこっちの方が甘くて好き、だな)
(そうですか)
だからもう一回。と淫靡に誘う赤い舌に抗えず、彼の望むまま唇を深く重ねた。
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