綴織

□黄昏に棲まう者達へ。
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T 鈴の音の少女


―――また、取り込まれてしまったみたいね。

黒の少女は諦めに似た溜息を吐く。横に立つ青年は、無限ループの階段に混乱しているようだ。

さて、どうしましょうか。
少女は左手に握った鈴を、リン、と鳴らす。



いつも通り。ヘルパーのバイトをしている病院から帰ろうとしていると、同僚である学生(実習生)の青年と鉢合わせた。
あまり仲の良いほうではない(と少女は思っている)人とだが、愛想の良い彼女のこと。おしゃべりをしながら、階段を下っていった。
『ねえ、その鈴は何?』
先程から青年が疑問に思っていた、少女の手のなかにある鈴のことだ。
「護身用。」
リーン、と涼やかな音色を響かせ、目の高さまでもってくる。鈴には複雑な紋様が細工されている。
『へえ?なんで鈴なんかが護身?』
「それは、秘密。」
にっこり笑いながら、これ以上は聞くなと目線で云う。
本館の二階に差し掛かった頃、ピンとした感覚で少女は立ち止まった。
『?どうしたの?』
バッと少女は手摺りから下を覗き込み、顔をしかめる。
「あちゃあ、やっぱ巣の中に取り込まれちゃったか。」
不思議そうに、青年も階下を覗き込む。瞬間、青年は凍てついた。
地下一階迄ある螺旋階段…それが、今や底の見えぬ延々と続く階段と化している。
『な、んだこりゃあ…』
唖然としたまま、目線を2階のフロアに移す。
『と、とりあえず他の階段を使おう!なんか気味悪い。』
タッと駈け下り、皮膚科受け付けの前に立つ青年。
「…無駄だと思うんだけど…。」
少女は溜息を吐きながら、青年の後を追う。その際、鈴の音を響かせることを忘れずに。
皮膚科を横切り、検査室の前の階段を下る。段々鈴が鈍く、耳障りな音色を奏で始める。
「…キタ。」
いつもの朗らかな少女とは到底思えない、けだるそうなうんざりした表情を浮かべる。巻き込まれた青年は、たまったもんじゃないだろう。
ズッ、ズ、ザリッ…。
階下から響いてくる足音。職員なればいざ知らず。こんな這いずるような音は、職員である可能性は皆無に等しい。
『…っぇ…ぁ、キノ、さん?』
ふらふらと壁に手摺りに打ち当たりながら現れたのは、顔面蒼白の老婆。
「今朝、亡くなった人ね。」
焦点の合わない瞳で老婆は二人を見つめる。
「橋を、渡りなさい。さもなくば…わたしは…」
リーーン!強く強く響き渡る鈴の音。
その音に、老婆の躰が、怯えるように、びくり、と震える。
ビキッ。
「…残留思念の強き者、気を持って人を殺めん、か。」
罅の入ったブレスレットの石を眺めながら、少女は呟く。
早く、畢らせなければ。この砕けた石は、わたしの身代わり。
「“トリニティ”」
砕けた石から光が現れ、白い死神をかたどる。白の鎌が舞踊ると、老婆の姿は消え失せた。
「“死”の呪縛の地に…眠りの音を。」
リーン。澄んだ涼しい音色の鈴が、舞う風に乗せて鳴り響いた。



「アレは自分の死を認めず、生きたい思いが強すぎて、察知・消去しようとした私に殺気を放ったようです。しかし、浅はかだった。地鎮めの末裔に叶うわけがないのに。」
《ほう、漸く一族の宿命を受け入れてくれるか。耀よ。で?一緒にいた青年は?》
「受け入れはしません。しかし、務めは果たす義務があります。あの人には、忘れて頂きました。」



『んな、な、なんだアレ…き、君も一体…』
「地鎮めの鈴。」
リーン。
鈴の音と共に、青年の意識がなくなる。
「…申し訳、ありません…。」
彼の頭に手を置き、そして躯を揺さ振る。
「幹久さん、幹久さんてば。起きてください、風邪引きますよ?」
『…ぅ、ん?あれ、俺なんで…』
「どうしたんですか?踊り場なんかで蹲っちゃって。ビックリしましたよー。」
にっこり笑って云う少女に、彼は口を開く。
『なんか、変な夢見た気がするんだけど…なんだったんだろ…』
少女は更に笑顔を被せる。
「病院ですから。変な夢を見ても、頷けるんじゃないんですか?」
そういって、立ち上がる。
「さ、帰りましょ?もう9時回りますよ。」
差し出された手を、青年が握ると、少女は唇の動きだけで“ごめんね”と呟いた。



登場人物
†星司耀(ほしづかよう)…今回の黒の使者。地鎮めの一族、ホントはぽけぽけ暴走キャラな介護士。
†幹久悠(みきひさはるか)…実は霊媒体質(ぇ)可哀想ないじられキャラ。リハビリ科インターン。

☆準夜勤帰りに突発的に思いついた話。で、電車内で制作15分(爆)
ё2006/11/23 高良美鶴
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