Other

□03
1ページ/1ページ


03.満月を背に









「はぁ…はぁ…」


幸村が追い掛けてこないことを確認し、壁に寄りかかった。
息が、上がって、苦しい。
この広く長い廊下は、何処まで続いているんだろう。
横にはドアが等間隔に並んでいる。
目の前には小窓があり、ここもしっかりとカーテンで光が遮られていた。
この光景が続くばかりだ。


「もぉ…何なのよ、一体…っ、何で出れないの!」

「煩ぇな…何の用だ」



イライラして叫ぶと、背後から声が聞こえた。


「だ、れ…?」


振り返っても、そこには誰もいなかった。
静まり返った廊下。誰も居ないのに、靴音だけは確実に近づいている。
その音が止まったと思った刹那。



「城の主の名前くらい、知ってんだろ?」

「なっ……!」



肩を捕まれ、前を向かされた。
確かに、後ろから靴音がしたのに、何で―…

そんな疑問も、目の前に立つ男を見たら、どこかに吹き飛んでしまった。
彼は、どっからどう見てもあの跡部サマだったのだから。

あるじってことは、この城は跡部の城ということなのだろうか。
幸村は自分の城みたいに色々使ってたんだけど…。

また疑問が生まれ、思考を巡らしていると、不意に手がのびてきた。
その酷く冷たい手が、私の顎をクイッと持ち上げる。



「人間か?」

「……はぁ」

「何故此処にいる」


それは私が今一番解決したい疑問なんです。

寧ろそれを聞きたいのは私なんです。
そんな睨まないでください、怖いです跡部サマ。



「目が覚めたら、この城のベッドの上にいたんですけど・・・」

「アーン?」



なに言ってやがんだこの女って顔ですよねそれは。
だからね、そんな顔されても答えられないんですよっ!



「幸村が詳しいこと知ってるんじゃないですか?彼に聞いて下さいよ」

「幸村…ああ、なるほどな」



彼の名前を出した瞬間、あっさりと警戒を解かれた。
何がなるほどなんですか。


「あの、何で私此処にいるんですか?」

「なんだ、アイツから聞いてねぇのか?」

「帰ってきたとか、パーティーがどうとか良く分からないことは言ってましたけど…」


詳しいことは何も教えてもらってない。
寧ろ、中途半端に情報を与えることで混乱させてるんだと思う。

知ってるなら教えてください。
そう言いつつ、ずっと上を向かされているのが嫌だったので跡部の腕を退かそうと手首を掴んだ。
すると、逆の手で腕を掴まれ、壁に押し付けられた。
思わず眉間に皺が寄る。何がしたいんだこの人。


「あの?」

「教えてやるよ。お前がここに来たのは…」



――俺に、喰われるためだ



耳元で囁かれた声に、ぞっとした。
逃げなきゃ。何が起きているか分からないけど、本能がそう訴える。逃げなきゃ、なのに。
指の一本ですら、動けない。
呼吸さえままならない。

不意に伸びてきた手が、髪を耳にかける。
露になった首元をそっと撫でられた。
手は冷たいのに、触れられた部分は熱い。なに、コレ……



「良い匂いがするな」





――美味そうな血の匂いだ






弧を描く口元からのぞく、鋭い牙。
ああ、跡部は吸血鬼なんだとぼんやりと考えながら、
牙が刺さる痛みを覚悟して、私は目を閉じた。



でも、痛みはやってこなかった。
代わりに聞こえたのは、


「こーら、跡部。抜けがけはあかんで」


という、独特のイントネーションの低い声だった。








「大丈夫か?お嬢ちゃん」

「は、はい…」


跡部から引き離してくれた彼を見上げると、伊達眼鏡が良く似合う、忍足がそこにいた。
恐かったやろ、と頭を撫でてくれて。

(ああ、やっとまともな人に会えた…)

心の中で歓喜した。
チッと舌打ちをした跡部が、窓を見て不意にニヤリと笑った。



「忍足」

「なんや…って、ちょ、待――」



慌てだした忍足に驚いた。
そして、さらに驚くことになる。

跡部がカーテンを開けると、そこには奇麗な満月が輝いていた。
気が付けば、目の前に忍足の姿はなくて。




代わりに、大きな黒い狼がいた。





Title by BLUE TEARS

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ