Hyotei
□僕らのスピードで
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「またぁ?」
『ごめん〜…あっ、電車来た!着いたら電話するねっ!』
電車の音に負けないくらい大きな声が電話越しに聞こえ、耳から少し携帯を離すともうすでに電話は切られていた。
相変わらずな皐月に苦笑が漏れる。
皐月は、遅刻常習犯だ。
今回の理由は「自転車に乗り遅れた」だそうだ。それって単なる寝坊なんじゃ…と思ったけど、皐月の勢いに負け何も言えなかった。
皐月の所為で時間を持て余したときは、決まって入るカフェがある。
駅ビルにあるこのカフェは、皐月といつも待ち合わせをする改札から近い。
飲み物を頼んで、空いてる席に座った。
二人掛けの席の片方に荷物を置き、その中から小説を取り出し、ゆっくりと読み始めた。
本の世界に入り込むと、私は周囲が見えなくなる。
今回も、どうやらそうなっていたようで、ふと気付いた時にはいつのまにか店内が混んできていた。
(そろそろ、出ようかなぁ…)
そう思っていたとき、一人の男性が横を通った。
トレーを持ったまま、恐らく席を探しているのだろうその人に声をかけた。
「あの、よかったらここどうぞ」
立ち上がりながらそう言うと、彼は申し訳なさそうな、困ったような顔をした。
「え?せやかて、まだそれ…」
彼が指をさした透明のプラスチックのカップには、まだ半分ほど中身が残っていた。
そういえば、小説を読むのに夢中であまり飲んでなかったっけ。
「歩きながら飲むんで、大丈夫です」
一気に飲んでしまおうかとも思ったけれど、目の前の彼が格好良いことに気付いて、なんとなくやめた。
「なんや、俺が席取ってもうたみたいで申し訳ないわ。もしよかったら、相席っちゅーことでどや?」
「お兄さんが良いなら、じゃあ、これ飲み終わるまで」
まだ皐月からも連絡来ないし、まぁ良いかと座りなおすと、彼も正面に座りトレーを置いた。
美味しそうなサンドイッチに、ホットコーヒーが乗っている。
「初めてこの店使ったんやけど、いつもこないに混んでるん?」
「時間によりけりですけどね。ちょっと前はけっこう席空いてましたよ」
「そうなん?まぁでも良かったわ、お嬢ちゃんが声かけてくれて。おおきに」
お嬢ちゃんって言い方がものすごく気になったけど、どう致しましてとだけ返した。
女の子だからお嬢ちゃん…?まぁいいや。なんだか、そんな言い方もこの人なら似合うし。
「ごちそうさまでした。それじゃあ、失礼します」
「ああ、ほんまにありがとな」
全部飲み終えたから、トレーを持ち、小さくお辞儀をして席を離れた。
格好良くて、気さくな人だったぁ…。
少し名残惜しい気がする。
あんな人の彼女が羨ましい。
そんなことを思いつつ、そろそろ皐月も着くだろうと待ち合わせ場所に向かった。
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