■年の差パラレル 3

□忘れたくとも思い出せない、ジレンマがトラウマになる前に…
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       ◇



 書類の上では高校の新一年生となったが、まだ入学式前だったため、微妙な立場にあった3年前の春休み。都議である父親の知名度や、実力でブイブイ言わせていたOBの兄の名を出せば通ったろう“七光”を嫌ってのこと。
素性は伏せたままにしての拳ひとつで、あの、所轄の警察署でさえ一目置いて警戒していたほどに気の荒い不良たちの巣窟・賊徒学園の全学年を熨のしてしまった“史上最強の下克上”はもはや伝説と化している。
決してお世辞にも“イケメン”とまでは言えないが、がんと逞しい芯が通っている野太い気性と、その精悍で肝の座った不貞々々しい佇まいには、それなりの男らが惚れるだろう、一端の重厚さが満ちていて。
瞳孔が小さめなせいでの三白眼が、最も迫力を帯びる凄みの出し方睨み方、さすがは心得ている鋭角的な面差しに。冴えた印象を尚も引き立たせている、ぴしっと整えられた漆黒の髪。今は大学生になってしまって、もはや目にすることは適わなくなったけれど、日頃のトレードマークだったあの白い長ランに、鎧われず着られずの余裕の着こなしも決まっていたし。
人より微妙に長い腕脚も、相手への脅威になるその他に。行儀の良い所作へも案外と、切れの良い身ごなしがよくよく躾けられているせいで、見栄えのする優美さを醸し出すのだそうで。

 「おーっし。
  今日はここまで、
  整理運動してあがれっ!」

 「押忍っ!」

 そんな彼を慕っての忠節を誓ってた仲間たちもまた、同じ高校に進学し、そのままアメフト部に名を連ねての3年間を共に過ごしたのだけれど。彼らは何も、自分たちの総長の凄まじい腕っ節にのみ おもねった訳ではなく。
きっちりと鍛えたその上で、無駄なく絞り上げられた体躯と四肢との、この上もない頑丈さと頼もしさに加えて、実は実は。頑迷なくらい律義で不器用なほどに正直者で、どんな小さな約束でも守るし、嘘が嫌いな義理堅い男であることも重々知っていたから。
そういう可愛らしいところが災いしての、困った立場へ追い込まれぬよう、これでも“自分たちこそが気を回してやらにゃあ”と思ってはいたらしく。彼の立場にだけ魅力を感じて近づく、薄っぺらな輩たちや蓮っ葉な女どもやらを除外することへは、何とか目も手も配れていた面々ではあったものの、

 ― 頑迷なくらい
  律義で不器用なほどに正直者で、
  どんな小さな約束でも守るし、
  嘘が嫌いな義理堅い男であること

 仲間内でもないのにあっと言う間に見抜いてしまった存在が、例の下克上からさして間を置かない頃合いに現れたものだから。その存在こと、小さな坊やの可憐で愛らしい姿を始終まとわりつけていることでこそ、周囲へは印象深くしていたようなものだったりもする。

 「あ、いっけね。
  ルイ、帰りにコンビニ
  寄ってってくれ。」

 「コンビニ?」

 「おお。
  母ちゃんから帰りでいいから
  牛乳買って来てって
  言われてた。」

 そのおチビさんにのみ。どういう相性なんだろか、手玉に取られ続けて はや足掛け4年目。始まりはそれこそ、突き放すなんて大人げなくってなんてところだったのだろうけど。今や…傍らにいて当たり前、揚げ足取って取られてて当たり前。体力がない分だけ、ハンデキャップ的に小狡い真似をすることはあっても(ex,近所の署の交通課勤務の婦警さんたちを籠絡して、ミニパトをタクシー代わりにしているとか)、基本的には決して“虎の威を借る”ようなところはない坊やだったから。
総長さんが相手でさえ、怖いもの知らずにも口喧嘩を吹っかけたり、迎えに来いの、どっか連れてけだのと引っ張り回したりもしていた我儘ぶりへ。出来る範囲でと制限かけつつ、でもでも結局きっちり応じてやってる総長さんだったのへ。当初は眸が点になってた周囲だったが…慣れというのは恐ろしい。気がつけば、自分たちまでもが彼を身内と把握しており、

 「明日っからは、
  サートレを
  ウォーミングアップに
  するかんな。」

 「で〜〜〜っ。」

 「それだけは勘弁〜〜っ。」

 我儘で目茶苦茶で。トレーニングメニューなんぞに、時々無謀な達成数値を書いてて下さるところをもってして、ああこいつってばまだ小学生だったっけと、計算間違えか書き間違いだろと勝手に解釈しようものなら。
せめてやってみようって気構えくらいは見せないかと、ロケット花火を連射して下さる恐ろしさだったりするのだが。(真似をしてはいけません。)それが不思議と…日頃の何やかやには、あんまり桁外れな我儘は繰り出さない。どっかへ出掛けたいと急に言い出すにしたって、時間帯だとか後のスケジュールだとか、きっちり把握した上でという気配りは大人並みだったりし。
先にも述べたがあんまり虎の威は借りない子で、無茶を言う分、自分も頑張る。炎天下のランニングやトレーニングなんて、観てるだけでも体力消耗するだろに、自分から日向へ飛び出して来てはお兄さんたちを追い回す剛の者。付き合う義理なんてないのにね。
打ち上げだの合宿だの、美味しいトコだけ混ざっていればいいのに。自分も汗かいて駆け回ってる坊やなもんだから。だからこそ、年のずんと離れた身でありながら、こっちもぐうの音が出なくて従わざるを得なかったりするのだろう。そんな想いの同じな部員たちが、小さな鬼コーチさんへ、じゃあな明日またと手を振っての帰ってくのを見送ってから、部室に錠前下ろしての…さて。

 「牛乳って、
  どこのでもいいのか?」

 何だったらスーパーまで回ってもいいがと気を利かせると、小さな鬼コーチはかぶりを振って見せ、

「コンビニでいい。」

 そこでも売ってるメーカーのだし、スーパーはこの時間だとレジが込んでて鬱陶しいと、妙なところに通じていること、ちらりと洩らす。来られないと言っておきながら、昼からの途中参加になった練習の間中、どこか上の空だった坊やだが、今はもう、いつもの彼へと戻っており。バイクにまたがり、葉柱の背中にぎゅうとしがみつく、まだまだ少々頼りない力加減にも変わりはないが。

 “な〜んか、隠してないか?”

 さすが、伊達に足掛け4年も付き合ってはいません。背丈が伸びたこと、補助用のシートがどんどん手狭になることで、ああもう片手でひょいは出来ないなという形で、結構細かく気づいたように。ずっと間近にいると近すぎて見えないことも、ひょんな形で拾えていたりするもので。いつもと変わりない偉そうな態度や我儘の陰に、ちょっぴり不安定な何かがちらり。それでなくともややこしい坊やなその上に、そろそろ複雑な心理を抱くよになろう“お年頃”もやって来る頃合い。

 “俺ってのは
  そんなにも
  頼りにならんのかねぇ。”

 困ったことがあったら頼るという、そんな間柄じゃあないなというのは、何となく判ってて。むしろ、葉柱を守ろうと構える困った坊やだから始末が悪い。せめて、相談持ちかけてもらえるまでにはなりたいもんだなと、溜息混じりに思う総長さんだけれども。

 ― 対等でいたいと思うからこそ、
   そうそう
   頼れないのだということ、
   気がつくまでにはまだちょっと、
   時間がかかりそうな
   総長さんでございます。





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