■番外・陰陽師篇 5

□秋霖 月にかかりて
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以前だったら、
四の五の言うなと
師匠風を吹かせての
強引に引かせていたものをと。
ニシキギの茂みの中から
滲み出すように現れた男が小さく微笑う。
漆黒の髪に
深色の双眸という取り合わせの風貌は、
術師よりも余程のこと、
この日乃本の民らしかったが、
研ぎ澄ましたような
冴えた鋭角を呑んだ瞳には、
人には非ずとする形の虹彩が瞬く。
こちらは直衣と袴といういで立ちの彼で、
だが、そのすべてが夜陰に紛れやすい
深黒で揃えられており。
躊躇することなく膝を地についての、
蛭魔の傍らに身を置いて。
再び訪れた静寂へ、黙って耳を傾けておれば、

  さくさくさわわ…、と

先程の子供が飛び出して来たのと
同じ竹の株を踏み越えて、
明らかに怯えていよう幼子が、
まるで幻で繰り返しを見るかのように
慌てふためいて飛び出して来て。

 「たすけ、てっ。
  おかあが、おとうがっ。」

どれほど恐ろしい目にあったやら、
頬には涙があふれて痛々しいし、
叫ぶ声も、息継ぎをし忘れての
途中で噎せてしまう懸命さ。
やはり粗末な身なりの子供で、
この先の農村を襲う妖異の暴虐は
月の巡りに
関わりなくなりつつあるようだと知れて。
怖や怖やと泣いて怯え、
やっと会えた人へすがりつく様は、
それだけで胸を衝かれる可憐さだったが、

 「坊主よ、お前どこの里の子だ。」

風にはためく厚絹の衣紋。
その絹鳴りの音に
紛れかねぬ訊きようだったが、
お膝へ抱き着いた和子は、
お顔を上げると真ん丸な眸で見上げて来つつ、

 「サイの村だ。」

そうと答えたその途端、
蛭魔の手から樒の束がばさりと落ちる。
つややかな葉をたわわにまとうこの樹は、
祭祀に用いられ、
葉や樹皮から抹香を作りもするが、
実が猛毒で。

 「効かぬとは おかしいの。」
 「……っ。」

咒を連ねた弊を恐れぬは、
妖かしではない証しにもなろうが、
葉の間に隠れていた棘には
その毒が塗ってあり。

 「人の和子なら、
  大騒ぎをしておるはずだがの。」

 「お前、なんてまた
  危ない見分けを仕込むかな。」

 何だ、気づかなんだか?
 何がだよ。
 サイの村なぞ此処いらにはないぞ。
 え……?

 「先程の和子は、俺の仕込みだ。」

セナちびにそうと訊けと言ってあったがな、
そんな地名は発音が似たものさえないし、
あったとしても、

 「今宵は絶対に出歩くなと、
  帝からの厳命を里ごとに
  勅使が伝えておるからな。」



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