■番外・陰陽師篇 5

□そういう人
2ページ/2ページ


門口どころか、母屋の戸口にさえ人を置かずという、
殿上人の住まいと思えぬ奔放ぶりもよう似合う、
様式も古ければ、あちこち傷んだまんまのあばら家屋敷じゃああるが。
住まう人らが伸び伸びと暮らしているのも
伝わって来そうな佇まいであり。
前庭や通り抜けの路地なぞは、
手入れこそ雑だが、
季節の草花がしっかり顔を覗かせておいでで、生気もたっぷりと感じられ。
そんな一角、ヤマブキの茂みの手前に立つ少年が
訪問者二人の目に入る。

 「セナ。」

 「あ、陸…と、
  紫苑様っ、
  ようこそ
  おいで
  下さいましたっ!」

あわわ、すいません。
そろそろお越しかと門口へ立つ途中でしたぁと、
真っ赤になっての何度も何度も頭を下げ下げ、
失策を詫びるところも相変わらずの書生くんであり。

 「まあまあ。
  こちらとて、
  着きますよという
  先触れの侍従も
  いちいち
  出さなんだのですし。」

蛭魔さんチが色々と礼儀を蔑ろにしたとても、
じゃあこちらもと同じ真似はしないのが、
さすが武者小路さんチの次代様じゃああるけれど。
当日まで先触れをいちいち出すのは却ってうるさがられるだろうし、
何より、

 “門口に
  人がいないのでは、
  出す意味も
  なかろうし。”

結局、後から来た自分たちと一緒に“お邪魔します”と成りかねぬ。
そういう意味のないことはさすがに読めたのでしなかったよと、
くつくつと微笑った紫苑様。
確か蛭魔とさほど年は変わらない世代のはずなのに、
お顔へたくわえておいでのおヒゲのせいか、
それとも泰然となさっておいでの態度のせいか、
それは落ち着き払った、ずんと年上の大おとなにさえ見えて。
半島渡りか、織りの綾模様もあでやかな、
深色の襲(あわせ)でまとめられた狩衣装束がまた、
落ち着いた印象のお姿にようようお似合いの決まりよう。
周囲に大人は多いが、
生憎とこういう沈着冷静なお人は少ないものだから、(笑)
はや〜と見ほれてしまったセナくんであり、

 “いや、
  ウチのお師匠様が
  年甲斐のないこと
  しまくるって
  いうのも
  あるんだけれど。”

それへまた、葉柱さんとか まんまと乗せられちゃうし
…って、こらこら、セナくん。
いくら内心でとはいえ、
隠しごとが苦手なあなただってのに、そんなことを思ってていいの?
どっかで他でもないご本人からカマをかけられて、
ポロッと出ても知らないぞ?(笑)

 「それにしても…。」

はややぁと惚けた後、
急に あわわと何にか焦ったこちら様の書生の坊やへ。
まあ何とはなく想像はつくものか、
そこへは触れないとした、やはり大人の紫苑様。
とはいえ、もう一つの事へは触れずにおれなんだようで、

 「その
  キラキラしているのは、
  もしかすると
  精霊たちでは
  ないのかい?」

 「あ、あの…
  見えてましたか?」

こちらも主人同士の差異と同様、
そろそろ筋骨も青年のそれへ切り替わらんとしかかりな陸くんと
さして年は違わぬのだろうに、
こちらは堂々の童顔小柄でおいでのセナくんの。
可憐ともとれそうな肢体のあちこち、
小袖に袴姿のその肩口やらまとまりの悪い黒髪の上なぞに、
空からの陽あたりとは微妙にずれている光がチカチカと弾けており。

 「ここまで
  近づくと
  俺にも見えるぞ?」

それだけ存在感のある精霊たちだというよりも、
ぎりぎり姿を現しかけまでして
こちらの少年へ何事か訴えたがっている彼らだということ。
しかもしかも、
本人にもちゃんと把握は出来ているらしく、

 “こういうところに
  素養の差があんのが
  口惜しいよな。”

生まれもっての素養の有る無しは、
本人のせいではないことと、そこは重々判っているが。
何につけ陸の方がしっかり者で、
ついつい庇ってばかりだった弟分のセナの方が、
されど、精霊相手の“本分”では ずんと巧者なのが、
皮肉な話、才があるがゆえ 判ってしまう陸くんなのでもあるようで。

 意気地のなさげな
 繊細な気性を
 しているのも、
 妖異の気配のみならず、
 周囲にある
 “小さきもの”の
 気配や動静を
 察知しやすいように
 なのであり、

 “実際、
  意気地なし
  なんてことは
  ないしなぁ。”

これで怒らせると結構おっかないそうで。
そも、根本的に弱々しい和子であったなら、

 『進が憑いた時点で、
  どうにか
  なっておるわ。』

 『……お師匠様。』

どうにかって なんですよと、
聞き返したところもまた、強腰の現れじゃあなかろうか。
なんてことを、
来訪者らがついつい想起してしまったような素養を
気張らずのごくごく自然にご披露していたご本人はといえば、

 「この子たちは
  僕に用があるんじゃ
  ないんですよ。」

困ったなぁと眉を下げた書生くん曰く、

 「お師匠様が
  ついつい邪険に
  追い払った
  子たちなんです。」

 「……おや。」

それこそ、セナ以上に自然の気配からも懐かれておいでの神祗官補佐殿、
何せ、

 “蜥蜴の総帥様が、
  式神様として
  ついてるほどだし。”

そんなお人だというに、
朝一番のご挨拶にと、金の髪へ祝福の光が降りそそいだり、
白皙の額へ朝露の精霊が接吻しようと寄って来たりしようものならば、

 『だ〜〜っ、
  うるさいなっ
  挨拶は判ったから、
  もう散れ散れっ。』

白い手を振り回し しっしっと追い払いまくるものだから。

 「繊細な
  精霊さんたちが
  嫌われて
  いるのかしらとか、
  病が憑いて
  おいでかしらとか、
  僕のほうへ
  聞きに来るんですよね。」

 「それはまた…。」
 「罪な話だねぇ。」

本当に鬱陶しいなら、
それなりの弊をもっと増やして、出入り禁止にしちゃうだろうに。
そうなんですよぉ、そこを説いているのですが、と。
新緑も綺羅々々しい中、
日之本の和子の中にあっても綺羅々々しさで五指に入りそうな方々が、
困ったことよとの苦笑や何やに口元たわめ、
向かい合ってござった昼下がりでございます。






   〜Fine〜  13.06.03.





ツンデレなんて
人間同士でも
判りにくいんだから、
精霊さんには
尚のこと
通じなかろうね。(笑)
葉柱さんがまた、
そういうフォローまでは
しないだろう
お人なので、
(あれで一応は
 恐持て系の
 惣領さんだし…。)一応・笑
こういう事態へは、
セナくんが一人で
大変なんじゃ
なかろかと…。



前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ