アドニスたちの庭にて 2
□春を待つ
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だから好かれるのだと、しみじみと呟く進もまた、人の痛みを判ってやろうとする、この小さな体で懐ろの尋が深いセナへ、だからこそ惹かれてやまないのだと、実感して随分になる。おどおどしていたのも、人を傷つけたくない気持ちの裏返しで。だっていうのに、そこへと付け込まれ、いじめられっ子だった初等科時代も、だからって休んだりしないまま、毎日元気に学校へ出て来ていたし。(桜庭が)ちょいと工作したことで、不埒な連中を排除したのちは、どんどんと明るく笑うようになってゆくのから目が離せなくなったほど。だって言うのに、
「本当に
優しい人というのは、
進さんみたいな人を
言うんですよ?」
自信があって責任感があって、誰の目も意識しないで思うところを貫けて。そうと並べられ、こちらの言い分を真っ向から否定されているのに、
「ボクもどれだけ、
優しさでも
助けていただいたか。」
にっこりほややんと微笑う君だから、
「…。」
やっぱり抗弁出来ないでいるお兄様。そんなことはないのだよと。まだそれほど言葉を交わせなかった頃からも、大切な人、護りたい人として、自分の気概を支えてくれた存在があったからだよと。そんな“ホントのこと”さえ言えなくて。そんな自分が、少々歯痒い。
「…進さん?」
そんな歯痒さを噛みしめていることが、思案に見えたセナだったのか。案ずるような声を掛けて来たので。
「小早川。」
あらためて、名を呼べば。
「…。はい。」
居住まいを正すところが何とも稚(いとけな)く。彼にとってはまだ、自分は“先輩”の域を出ないのだろうか。桜庭や高見や蛭魔らとひとからげな存在なのだろうかと、それがかすかにほろ苦く。
「進さん?」
「まだ先の話ではあるが。」
何も今日、話すつもりはなかったが。どういうものか、告げておきたくなったのは。もしかしたなら…独占欲とやらがじりりと掻き立てられてのことだったのかも。
「俺は、大学を出たら、
あの家を出るつもりでいる。」
「え…?」
進さんの実家は、代々 名のある茶道の家元というお家で、次代はお姉さんが継ぐと聞いてはいたが、
「あ、それじゃ
合気道の道場のほうへ?」
進さんはずんと小さい頃から、茶道よりも格闘技の合気道の鍛練へと励んでおられ、今通っている道場では、この若さで師範代を務めておいで。双方一度にこなせぬ以上、道場の方を選ばれたということならしく。
「勤めをしつつ
という形になろうが。」
それでもご実家からは、けじめとしての決別を構え、離れることにした進さんであるのだろう…と。そういった立ち入ったことまでも理解しているセナであるからこそ、話して下さったのかしらと。
“だったら、ボクは…。”
「その折りに…。」
想うところに気を逸らしかかってたセナが、そこへと重なり掛けた進さんのお声にハッとする。
“あ…。////////”
あわわ、何か突拍子もないことを考えてなかったかしら、ボク。//////// 新居をと移されたら、ご飯を作って差し上げなきゃとか。お掃除やお洗濯とか、お部屋の整頓とかも、進さんのお手を煩わせないよう、ちゃんとこなせるようになっておかなきゃとか。あれれぇ? 何でそんなことを、自然な連動で思ってしまったボクなのかなぁ?
「〜〜〜。////////」
「小早川?」
どうかしたかとのお声を掛けられ、
「なななな、
何でもないですっ!////////」
ますます真っ赤になったセナくんだったが、そんな様子を見て、
「…っ。」
丁度1年前の今頃に、あの、思い出深い緑陰館にて、そぉっと口づけした時の、真っ赤だった彼を思い出し、
「〜〜〜。//////」
こちらも真っ赤になった進さんの、その頭の中からも。とある文言が吹っ飛んでしまったのは此処だけの話。
―― その時に。
小早川を迎えに行っても
いいものだろうか、と。
***
街へももうじき、やって来る、
新しい季節の遣わしめ。
桜花の緋色に染まりおる、
甘い風吹く、春は爛漫。
はらはら散っても寂しくないよに、
互いの温みを護って護られて。
二人一緒に観にゆきましょうね?
〜Fine〜
07.3.24.〜3.25.