アドニスたちの庭にて 2
□春を待つ
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三月もあと1週間で終わろうかという週末に“Q街で逢わないか?”とのお誘いを進さんから受けたセナくん。緑陰館を活動の拠点とする、白騎士学園高等部生徒会には、結局 三年の秋までお付き合いしたことで、高等部史上最長で関わった身となってしまい。そんなキャリアを当てにされ、三学期までお声がかかっていたほどだったりし。そっち方面の引き継ぎや、進路報告、そして卒業式と。何だか結構毎日バタバタしていた日々が、ふっと静かになったばかりという間合いに、一番大好きで一番逢いたかった人からお久し振りにお声掛けがあったものだから。一も二もなくお受けして、こうしてのんびりと、ウィンドウショッピングつきの散策なんてもの、二人で楽しんでいたりするのである。
「綺麗でしたねぇ。」
さっきまでいたプラザビルでは、内外の作家によるドールハウス展というのを観て来たばかり。とっても小さな“お家”の中を埋める、家具や調度は、食器や雑誌等という微細に過ぎる小物までもが、精巧に造られたミニチュアで揃えられていて。何かの雑誌で見て以来、前々から関心があったセナだったらしく。女性客ばかりかと思ったら、案外と男性の、若い人もたくさん観に来ており、
『一人だと恥ずかしいかなって
思ってたんですけれど。』
そんなこともなかったですねなんて、眉を下げて見せたのは、恥ずかしいからとお付き合いさせてごめんなさいと、そんな意味合いもあったのか。駅前で顔を合わせて、まずは映画を観ようかと言ったらば、
『あのあの、えっと…。』
即答じゃあない時は“否”なのだなと、奥ゆかしいセナの“らしさ”くらいは進にも既に把握済み。
――― とはいえ、
それならこうやって、向かい合ってるほうがいいと。そんないじらしいことを思ってたセナだったことまでは、残念ながら気がつけず。まだまだ要勉強というところなのか、いやいや、そんな進さんだから、セナくんも大好きなのかも知れないとか?(ひゅーひゅーvv) そんな彼らが、雨宿りを兼ねて“一息つきましょ”と揃って入ったのは、此処でのお馴染みの、ちょっぴり隠れ家っぽい喫茶店。今時はスタンドバー式が主流になりつつあり、そうではなくとも、街路に向いた側が全面ガラス張りで店内が素通しの、明るい店構えのその上、甘味や軽食メニューにやたら凝っているお店が多い中。昼間の採光を 窓からのものだけという“自然光”任せにしてある此処の店内は。壁に時代がかった書架が作りつけられ、LP盤のレコードが並べられ、クラシックやジャズの似合う、至ってシックな雰囲気で。進に連れられて入ったときは、セナくん、まるきり子供な自分なんかが入ってもいいのかなと思ったくらい。でも今は“いらっしゃい”と笑って下さるマスターさんが、いつものですねとホイップクリームの載ったホットチョコを出して下さる。カップの暖かな肌へと両手をくっつけて、
「はふぅ…。」
まずは一息。数年振りに暖かだったはずの冬が、急な寒の戻りにて、コートやマフラー、またまた引っ張り出して始まったような三月だったけれど、さすがに此処まで暦が進めば、春の嵐も吹きつけるし、この辺りでも明日にも桜が咲くだろうとのこと。ただ、そうなる前は天候も不安定で、通り雨でしょうよとマスターさんが笑ってくれた、窓の外を眺めてしばし、何を語るでなくの、黙ったまんまでいたものの。
「…あのあの、進さん。」
セナくん、窓の向こうに見慣れた制服を見つけたらしく。それを見ながら ふと口を開いて。
「今だから言いますが、
ボク、実は先の春に、
何人かの一年に
“お兄様になって下さい”って
言われたんですよ?」
「…。」
判る人は限られている微かさで、瞠目して見せた進だったのへ、セナもまた恥ずかしそうに肩をすくめて。
「こんな
頼りにならないボクだってのに。
おかしいですよね?
陸が
“こいつは
生徒会のフォローで
忙しくなるから無理だ”って、
そんな風に
横合いから助けてくれて、
やっとお断り出来たくらいで。」
お膝に載せた小さな手、握ったりゆるめたりしながら語るセナであり。
「…。」
進としては言ってやりたいことが結構あったのだけれども。例えば、頼りにならないなんてことはないぞとか、例えば、頼もしいばかりが先輩らしさじゃあなかろうとか、例えば、あの水町とかいう奴だって、あんなにもセナを慕っていたじゃないかとか。でもでも、
「…。」
いかんせん口下手なお兄様。つっかえずに言い切れる自信がなくて。それに…もしかしたらば どれかが的外れなのかもとも思えたので。仕方なく黙って聞いていると、
「先週の卒業式の後で、
その子たちが
駆け寄って来てくれて。
ボクなんかのこと、
覚えてなんかいないか、
それとも嫌いになってるって
思っていたから、
どうしたんだろって驚いてたら。
大学生になっても
忘れないで下さいって…
言われたんです。」
優しい子たちでした、本当に。小さな花束をくれてのそのまま泣き出しちゃったのへ、ボクまで貰い泣きしちゃって。陸やモン太から、しっかりしなって笑われちゃった、と。大きな目許を何ともしっとりと和ませて語る彼へ、
「小早川は、優しい子だから。」