■番外・陰陽師篇 5

□秋霖 月にかかりて
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そういえば久し振りの雨だと思う。
今年は春から何だか妙な気候続きで、
妙に暖かいのが前倒しだったり、
そうかと思えば、
冷たい雨がいつまでも続いたり。
夏は夏で、近畿一円はただただ暑かったが、
他の地域じゃあ
いつまでも梅雨が明けなんだり、
やはり早すぎる台風が暴風雨をもたらして
早苗を流したりと、
好き勝手の蹂躙をし倒したのは、
まだ記憶に新しい。
市井の陰陽師などが
中途半端な雨乞いや何やを失敗した挙句、
怒り狂った土地の者らから
私刑を受けた話も冗談抜きに少なくなく。

 “しかもそん中には、
  民に化けてた妖異が交じってて
  手ひどい仕打ちを煽ったって
  笑えねぇ話もあったらしいが。”

やっと涼しくなって来た宵が、
昼の内に降った雨のせいか一気に冷え込んで。
小袖に単(ひとえ)だの狩衣だの、
下も大仰な指貫だの重ね着る式服の厚みが、
やっと相応になっては来たものの。
雲間から現れた望月が降らせる
青い光を浴びて、
その白い頬が月の分身のように輝く様に、

 「……っ。」

風にざわつく竹林の足元から、
何かに追われるように
飛び出して来た小さな童子が、
行く手に立っていたこちらに
気づいたそのまま、
ひいと怯えて立ちすくんだのへ、

 「ああ、怖がるな。
  こんな見栄えだが、一応 人だ。」

自分を立てた親指で差して、
そんな風に言ってのける方もたいがいだが、

 「こんな時刻に出歩くとは、
  貴様の方こそ怪しいな。」

 「お師匠様、お師匠様…。」

身をかがめて、怯んだままの幼子へ、
吊り上がった双眸にとがったお耳という
おっかない要素つきの
過ぎるほど整ったお顔を差し向ける、
術師様も相変わらずに人が悪いまんまで。
まだ帯上げ前なのだろう、
膝までの短さで帯もない
紐くくりの着物という身なりの
それは小さな男の子。
何かから逃げて来たという風情であり、
割って入った瀬那の方が
すがりやすいと思ったか、
わぁんと半分泣きながら、
そちらも最近は狩衣をまとうことが増えた
小さいお兄さんのお膝へとしがみつく。

 「坊やの村はどっち?
  もしかして、西伊の村かな?」

サイという発音へ うんと頷いたのと、

 「襟足にまじないの灰か。
  坊主、子供だけ集められてたトコが
  襲われたな。」

セナが抱え上げたことで
目線に入ったのだろう、
粗末な着物の後ろ襟を
やや乱暴にちょいと引き、
ちろりと目許を眇めてそうと訊けば、
怯えながらも何度も頷くものだから、

 「ちびは
  その子を連れて社まで下がれ。」

 「ですが…。」

 「どの道、
  その子を庇っていては
  お前も動けまいよ。」

力なき子供と共に
安全なところへ引けと言われて、
そこは言い返したくもなったらしい
セナだったが、

 「進を呼び出して
  護陣の橋頭堡を構えよ。」

 「あ…。」

子供を守るためとそれから、
蛭魔が調伏の中で使うやも知れぬ
“足場”を構えよという指示であり。
アテにしてない訳じゃないと、
にっかと笑った師匠だったのへ、
はいと大きく頷いて。
護符を貼った独鋸を逆手に構えつつ、
抱えた坊やごと、
向背の、こちらは
野生のニシキギの薮へと突き進む彼で。

 「…追い払うのが上手くなったよな。」
 「ふん。」



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