■番外・陰陽師篇 5

□そういう人
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端午の節句は初夏らしい気候が続いたというに、
一転、朝晩が妙に涼しい以上の冷えようになったり、
曇天の間合いが増えたりすると、
ああそろそろ、梅雨が近いせいだなと、
皆さん何とはなく察するのが、
ここ日之本じゃあ あるのだけれど、

 「それでも、
  その合間の晴れ間は、
  新緑も奇麗で
  清々しい
  ものですよね。」

 「そうだね。」

まだ蒸し蒸しとまでは至らない中、
ちょっぴり緑の香をはらんだ風がそよぐと、
それは心地がいい、案外と過ごしやすい季節でもあり。
一体 何の苦行かと思うよな
真夏の日照りや蒸し暑さが来る前に、
せめて この過ごしやすさ、
爽やかな芽吹きの香りを堪能しておこうということか、
宮中行事もたんとあり、

 「くどいようですが、
  平安時代と現代とでは
  暦もずれますしね。」

 「そうそう。
  陽暦だと、
  今が皐月だし。」

ですよね。
帝が邪よけの菖蒲を献上する端午の節句も、
その宴で群臣らが薬玉を賜るのも、
やはり邪気除けにと
賀茂神社で近衛による競馬(くらべうま)があったり
騎乗のまま矢を射る“流鏑馬(やぶさめ)”をしたのも、
実は今頃の時期だったのであり。

 「平安時代の
  六月といや、
  神祗官が
  天神地祇を祀る
  “月次祭”が
  あってのち、
  大祓だね。」

宮中の穢れを追い出し安穏を祈る儀式で、
ええ、はい。
それって年末じゃあないかと思われたでしょう?
用意のいいお宅の大掃除じゃあないですが、
年末とそれから 年の半ばにもやったんですって。
しかもしかも、
地域の絆あってのお祭りでもなければ、
町起こしのイベントでもなく、
歴とした“国事行為”だったので、

 「これらばかりは、
  宴嫌いな蛭魔だとて
  出ぬ訳にも
  行かぬしな。」

帝は国を作りたもうた神々、天照大神の子孫であり、
よって、国事行為もほとんどが、その父や祖先たる“神様”へ捧ぐもの。
国家公務員の上級に位置する神祗官は、
身につけ修めし天文学やら暦学、方位学を総動員し、
采配の責任者として、吉日を定め、恵方を紐解き、
古来よりの作法を教え説き…と。
決して軽んじてはならぬことへの舵取をせねばならぬので、
これで結構 通年で忙しく。
日々の政治向きやら権勢争いやらには関わらぬとする人物でも、
影響力は少なくはないため、
同じ血筋や家柄で職位の後継までも決める風潮が落ち着きつつある昨今、
ぜひとも我らが後押し致しましょうなんていう、
見返りほしやの面々が近づいて来るのが

 “はっきり言って
  面倒臭いの
  だけどもね。”

やれやれという苦笑をこぼされるのも、
ここが気を抜いていられる友の屋敷であるからかも。
随分と老齢な父御の後を継ぐ身なのは明白だからか、
若いのに冷めた言動をするところ、
老成なさってとか達観なさってとか、これは頼もしいなどと、
判って言ってるのかも怪しいごますりをされておいでの
武者小路家の嫡男・紫苑様と、その書生・甲斐谷陸くんとが、
供の一人も連れずに訪のうたのは。
一応は京の都の圏内ながら、
場末…というより、洛外境界線の真上じゃなかろうかと言えようほども、
たいそう鄙びた野辺寄りの屋敷。
会話の中に名前がこぼれた、
現 神祗官補佐殿たる、蛭魔妖一殿の館であり。
この時代でなくともの礼儀として、来訪の意を告げる文を出しておいたものの、
数日ほど うんともすんとも返事がなく。
昨日の昼下がりになって、
こちらのお屋敷の書生である 瀬那という少年が、
やはり供もなしの、しかも文字通りの駆け参じてくれて。

 『ごごご、
  ごめんなさいっ。』

お師匠様、こちらから頂いた文を、
読んだけど忘れてたとか、ついさっき仰せになって、
じゃない、言い出したものだから。
あのあのあの、えっと、
紫苑様には いつでもお越し下さいますようにと、

 『陸から
  なるべく穏便に
  伝えて
  もらえないだろか。』

 『……判ったから
  泣くな。』

う〜るうるうるうる、
面目次第もございません…というの、
絵にしたならば子供が左手で描いたような頼りなさ、
萎えた肩や涙目にて表現しまくりの乳兄弟さんへ。

 『何だか空気が
  ひんやりするのは、
  あの進さんが
  どっかで殺気はらんで
  見守ってるから
  なんだろうし、
  そうまでしなくとも、
  ちゃんと取り計らうし、
  何より紫苑様とて、
  蛭魔様の
  ご気性とか性癖とか
  ちゃんと
  ご承知だから
  案ずるな。』

取り次ぎを頼まれた陸くんが、
約束ごとをそんなあしらいにした蛭魔へよりも、
セナの態度のほうへこそ溜息ついちゃったほどに。
これもまた ある意味で相変わらずのやり取りを経て、
今日の訪問と相成ったのだが、

 「おや。
  あれはセナくん
  じゃあないか?」

 「お…。」



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