アドニスたちの庭にて 2

□春も間近い 甘い風
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 お屠蘇気分が抜ける頃合いを脱し、冬の寒さが本番だの、インフルエンザが猛威を奮っているだのという定番な話題で世間が賑やかになると、お正月どころじゃなかった受験生たちには いよいよの季節が到来となる。

 「早いところの、
  例えば推薦入学だと
  秋には内定が
  降りるんだろうけど。」

 「普通の受験だと、
  センター試験組は
  これから二次試験ですものね。」

 そして、白騎士学園の大学部はセンター試験を適応させちゃあない学校なので、秋口あたりから…外部から受験する顔触れだろう、他校の制服姿な生徒が入場証のパスを首から提げ、職員に案内されている姿も時折見かけるようになる。公的な警護を必要とするような“要人”クラスの家庭の子息が、在校生の中に何人かいる関係で、今流行りの“オープン・キャンパス”なんてもの、そうそう構えられはしないらしい。

 「大学部はそれこそ
  推薦入学のクチばっか
  じゃないの?」

 外気温との差から見る見る曇った窓ガラスを指先で拭って、丁度そんな顔触れが歩んでおいでの、正玄関の車寄せ前を眺めておいでの桜庭さんがこぼした呟きへ、

 「そんなことはありません。
  他所の優秀な学校からの
  一般受験生として、
  ウチの教授たちの
  噂を聞いたって方々も
  多数お越しになります。」

 高見さんが穏やかなお声で応じている。学年が上がるほどに持ち上がりが大半となる学校ではあるが、それでも高等部からとか大学部からという外部入学者もいなくはない。施設の充実ぶりや、大学院では各研究室に在籍する教授陣営の豊かさに惹かれてやって来る、指向のはっきりした顔触れが訪のうことでも秘かに有名で、

 「そうそう。
  何の研究にたずさわってんだか、
  数年ほど安否確認が取れない
  研究室もあるって
  くらいだしぃ〜〜。」

 「そ、そんな怖いお話は、
  やめてくださいよう〜〜〜。//////」

 高等部時代に彼らがよく顔を合わせていた、生徒会幹部らの館“緑陰館”じゃあないけれど、高見さんがゼミで懇意になってる某教授の控室を一つ、自由に使ってもいいよと言われているとかで。そこがいつの間にやら彼らの集まる場と化している、第○○期 白騎士学園高等部生徒会役員OBの皆様方だったりし。高い天井に引き上げ式のフランス窓、古びたご本が居並ぶ書架や、窓辺のオイルヒーターに年代ものの書き物机。そういったシックな調度に囲まれた、陽光あふるるお部屋には、先の春に一年遅れて上がって来たところの瀬那くんも、お兄様である進さんを始めとする、皆様からずっと可愛がっていただいてた延長、好きに使っていいからと合鍵まで渡されている高待遇を受けているため。講義もなく、いつも連れ立ってるお友達とも別々な過ごし方となる時間帯などは、ひょこりとお顔を見せていたりもする訳で。今日も今日とて、大学部への受験というお話から、妙な外れ方をした脱線ぶりへ、にゃあにゃあと小さな肩をすくめて怖がった彼へと皆様が苦笑をし、

 「得体が知れないって
  意味合いじゃあないから
  安心しなさいな。」

 わざとにそんな言いようをした桜庭さんの後を引き取り、高見さんがくつくつと微笑う。そもそも研究室というのは、何も いかにも物の役に立ちそうな代物ばかりを扱っているところばかりじゃあない。そんな研究や実験が一体何の役に立つのだろと思うような、無意味に見える行動や動作の実験とか、そんなものを数えてどうするのというような資料集めに精を出してる独創的なところだって珍しくはなく。今は意味がなく見えても、先々でやはり独創的な発見や思いつきをした科学者には十分お役に立ったりするのだ、これがまた。ニュートンが引力や重力という定義をひらめいたのだって、リンゴが落ちたのを見、次に頭上に輝く月を見て、何で月は落ちて来ないのだろうかと、

「世間じゃあ
 “そういうもの”って
 されて久しいことへ、
 大の大人が疑問を持ったのが
 始まりだって言うしね。」

「はあ…。」

 好奇心とか発想の柔軟性が大事なんだというお話になるかと思いきや、

 「万物には
  引かれ合う力があるってのは
  そんな昔からの定義なんだもの、
  妖一の側だって
  僕に惹かれて来て
  いいはずなんだのにっ。」

 「………はい?」

 綺麗な拳を握り締めての力説だったが…あれあれ? 何だか具体的なお名前が出て来たような…。ミントンのティーセットに淹れて差し上げたアールグレイを運びつつ、キョトンと小首を傾げたセナの様子へこそ、仄かに苦笑をして見せて、

 「スーパーボウルを観戦にと、
  アメリカへ行かれてる
  だけでしょうが。」

 「何であの
  お兄さんからのご招待には、
  一も二もなく、
  どんな先約も振り切ってっ
  ちゃうかな、妖一はっ!」

 高見さんが宥めるように持ち出した名詞でやっと、セナにもお話が見通せた。この、日本を代表する大コンツェルンの宗家の跡取り桜庭春人さんが、そりゃあそりゃあ気に入りで傾倒し切っている青年が、先日来から、本場アメリカで催されているアメフトの頂上決戦を観覧するためにとお出掛け中であるらしく。
しかも、メールやお電話にことごとく無反応なままなのだとか。どれほどのこと、自分も飛んで行きたいのだろにとの想像はつくが、高校生時代ならいざ知らず、そろそろ色々と責任ある立場に顔を出しもするようになっている現状では、そういった無茶にもリミッターがついて回る桜庭さんなのだそうで。

 「そろそろお戻りなんじゃあ
  ありませんか?
  蛭魔くんにしたって、
  後期試験をすっぽかす訳にも
  いかないでしょうし。」

 「〜〜〜〜〜。」

 どうどうと見事に宥めてしまわれる高見さんの手際も相変わらずならば、

 「???」

 一体何へと唐突に沸騰したお仲間なのかが、今一つ判っておいでじゃあないらしく、ただ…くすすと微笑ったセナだったのへ、おや楽しいやり取りがあったのかい?と。自分の前へと出されたカップに添えられていた弟くんの小さな手、テーブルの上でとんとんと、人差し指にてこっそりつついて下さるお兄様と。それから、

 「あ…えと、
  あの、その〜〜〜。////////」

 ど、どういえばいいんでしょうかと、真っ赤になってしまったセナくんも、相変わらずには違いなかったのだけれど……。





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