stsk

□帰らなかったヒーロー
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「え……?」
電話越しに聞こえる錫也の声を疑った。
(嘘、だよね…?)
彼から告げられた事を嘘だと信じたい。
けれど、錫也の声や周りから聞こえた音がそれを物語っている。
だって、電話の向こうから聞こえてくる錫也の声が哀しみを表していたから。

『手術が失敗した』
先程、錫也から聞いたこの言葉が何を示しているのか。一瞬、理解が出来なかったけどわかってしまった。これが夢なら良かったのに。そう願わずにはいられない。
流れた涙を拭いながら「バーカ、何泣いてんだよ」って言って小突いてきたり、震えた身体を不器用な優しさで包んでくれた哉太。その温もりにもう手が届かないなんて考えたくもなかった。

カタッと音を立てて手から滑り落ち床に転がった携帯電話。そこから、繰り返し私の名を呼ぶ錫也の声に気がつき急いで携帯を拾う。
哀しんでいるのは私だけじゃない。錫也も普段は哉太と口喧嘩ばっかりしていた羊君も。みんな同じ気持ちなんだ。哉太のお母さんのまゆみさんは私たち以上に哀しんでいると思う。

「もしもし、錫也?」
まだ震えが止まらない手で携帯を手にする。
「良かった…。ずっと応答がなかったから心配した。月子、大丈夫か…?」
「錫也、ごめん…」
「謝らなくっていいよ」
それから、少し錫也と話をした。そこでわかったことは哉太の病態が夏に検査入院した時に出た容態よりも更に悪化していたらしい。

もっと私が早く哉太の事に気が付いていたら、違う結末があったのだろうか。
なんて、思考が脳内を駆け巡った。 そんな考えを彼は読み取ったんだと思う。
「月子は悪くないよ。俺がもっと早くお前に言ったり哉太の説得が出来れば良かったんだ……っ!」
「錫也…」
「月子も錫也も誰も悪くなんてないよ」
彼に掛ける言葉がなかなか見つからなくって戸惑っていると、受話器の向こうから羊君の声が聞こえてきた。
「羊…」
「羊君…」
「また俺たちは羊に気が付かされたな」
「ふふ、そうだね。ありがとう、羊君」
錫也の隣で聴いているだろう彼に向かって御礼の言葉を言うと「Oui」と声がした。
羊君だって悲しいのは同じなのに少しでも私たちを励まそうとしてくれる。こういう時、羊君が私たちの中に必要な存在になったんだなって思う。

それから、まゆみさんと話をした。
「ごめんなさいね。月子にあたしと同じ悲しみを背負わせてしまったわね」
「まゆみさん……」
まゆみさんは悠哉さんを失った時、どんなに哀しんだのだろう。そして、同じ病気でもう1つの大事な存在を失ったまゆみさん。
彼女は、過去の経験からも私の中に溢れた気持ちを察してくれているのが声でわかる。
「ねえ、明日のことなんだけれど…」
明日、その言葉を聴いてビクッと身を構えた。 まゆみさんの話によると明日、まゆみさんが車で星月学園の門前まで迎えに来てくれると言ってくれた。
その申し出に頷き、そこから哉太のいる病院に行くことになった。
錫也と羊君はそのまま病院に泊まるらしい。
それは、『最後に三人でいたい』という滅多に錫也が言わないワガママみたい。
「おやすみなさい」と電話を切って泣き崩れるようにベッドに入った。
どれくらいの涙が溢れてきたかなんてわからない。
胸の痛みを感じる度に現実を思い知らされる。

(バカなた…)
戻ってきてくれるって約束したじゃない。
浮気なんかしなくっていいってメールも。
なのに、彼は私の手の届かないところに居る。
浮気相手探中なんて嘘に決まっている。
私を幸せにできるのは哉太だけなのに。

私は震える身体を押さえながらベッドの上で、その日の夜を過ごした。


END
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