遙かシリーズ
□ひとつの未来へ
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一度は手放してしまった大切な存在。
あの時の沖田総司は、新選組として最期まで生きると決意した。胸に宿った想いは秘めたままで――……。
ゆきと総司が再会を果たしてから、季節が巡り、再び梨の花が咲き始めた。
「また梨の花が咲く季節になりましたね」
隣にいる彼女に微笑みながら、離れていた日々を思いだす。
「ゆきさん、少し僕の話に付き合ってくれませんか?」
繋がれている手に少し力が入ったのをゆきは感じながら、頷く。
「いいですよ」
「ありがとうございます」
そう言うと彼は話を始めた。
「僕は一度、あなたの温もりを手放しました。再会した今でもそれは後悔してません。僕自身がそのことを選んだのですから。
ゆきさんのことを想い、胸に痛みを感じました。ですが、その痛みすら、あなたが与えてくれた感情の1つなんだと思えば、愛しくって。だから、それで良かったと思っています。過去の僕は間違いなく、それでも幸せだったのだから。でも、今の僕は違う」
繋がっている手から彼女の身体を引き寄せ、抱きしめた。総司はこの温もりを手放した時、もう二度と手に入らないものだと諦めていた。
変えようがない過去の日々を思い出す。
今の総司にとっては、遠い過去の『沖田総司』の記憶にすぎないが、あの時空で彼女と出逢い、八葉としてゆきと過ごした時間すら当たり前のように思い出せる。
(だけれども……、やっぱり違う。今の僕を縛るものは何もない。あるとすれば、ゆきさんを思うこの気持ちだけ)
不思議そうに総司の顔を見上げる彼女に、彼は微笑み話を続けた。
「あなたの温もりを、あなたをこの腕に抱ける幸せを知ってしまったから。ゆきさんが僕の傍で僕に微笑んでくれる。手を伸ばせば、捕まえることができる。そんな当たり前が嬉しくって。あの時とは違う幸せを僕に教えてくれた。ゆきさん。あなたは僕に2つの幸せの形を教えてくれたんですよ。さすがにもうあなたを手放すことは出来ませんが、あの日々があったからこそ今の幸せに繋がってると思うのです。ゆきさんにはつらい思いをさせてしまいましたが、それ以上の幸せを僕があなたに与えたい。もちろん、あなたの傍でずっとです」
「総司さん……?」
まだ総司の言葉の意図が理解できずに首を傾げているゆきの姿を見て、くすりと口元を緩め、優しい眼差しを向ける。
「ゆきさん。僕と一緒の未来を歩んでくれませんか。あなたといる幸せを知った今では、ゆきさんがいない未来など嫌です。まだ先のことになりますが、僕の花嫁さんになってください。誰よりもあなたを幸せにすると誓います。それを僕たちを再び結んでくれた、この梨の木に誓います」
優しく、そして強く覆われた唇。
それは彼の誓いを表してるように感じた。
「……返事を聞かせてくれませんか」
「総司さんはずるいです。
私も総司さんと一緒の未来を歩みたい。
もう総司さんと離れるのは嫌です。あんな寂しい想いはしたくない。だから……」
紡ごうとした言葉は、彼が唇に当てた人差し指によって遮られた。
「ゆきさん。ありがとうございます。
もう僕はあなたを手放すことはできません。……いいですよね」
彼の言葉に頷くと、それが合図だったかのようにもう一度、唇が重なる。それは、未来を約束する口付け。塞がった唇が離れるとゆきが先に口を開く。
「約束、です。もう離さないでくださいね」
「はい」
お互いの小指を絡め、幸せそうに微笑み合う。これが二人で一緒にひとつの未来へと歩き始めた最初の一歩だった。
そして、彼らの薬指にお揃いの指輪が嵌まるのはもう少し先の未来である。
おわり