遙かシリーズ

□月明かりの下で、誓った想いは永遠に
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 総司の感情が戻り、上様の命令も取り下げられ一件落着したかと誰もが思っていたがゆきは総司を避けるようになった。
 総司がゆきに近づき、声を掛けようとすれば、怯えた表情を浮かべて逃げるように理由をつけてはその場を去る。
 そんなやり取りが続いていた。

「僕はどうしたらいいのでしょうか……」
 溜息混じりに総司は土方に問いかける。
「どうしたら…って、お姫さんとちゃんと話をしたらいいじゃねぇか」
「僕が近づいて話しかけようとすれば、
彼女が逃げてしまうので悩んでいるのです」
「なあ、総司。うじうじ悩むよりも時には強引にでもつかまえるのも手だぜ。ずっとお前はお姫さんと鬼ごっこみたいなやり取りをしたくないんだろ?」
「……わかりました。さっそく、ゆきさんのところにいってきます」
 土方の助言を受け、解決の糸口が見えたのか先程の憂いた総司の表情とは少し違い晴れやかだ。


「おい、待て!総司!」
 早くもその場から立ち去ろうとする総司を土方は慌てて呼び止める。
「何でしょう?」
「何、じゃねぇよ。行くって言っても、もう夜だぞ。お姫さんが寝ている可能性だってあるんじゃないか?」
 もし、ここに近藤がいたのなら、ゆきが寝ている可能性がなくとも引き止めているだろう。それも、大慌てで。そのような行動を想像しつつ土方は総司に言った。

「お前はお姫さんの寝込みを襲う気なのかよ」
 冗談まじりで彼は言う。
だが、総司にはその言葉の意味がわからないのか、きょとんとしている。
「僕がゆきさんを襲う……?
僕はもう彼女に剣を向けることはしません。それが例え、命令だとしても」
「俺が言ったのはそっちじゃねぇんだが……ま、いっか」

 総司の返答を聞き、呆れた表情でポツりとぼやいた土方の言葉は彼に届かず、総司は首を傾げた。
 
「何かいいましたか?」
「いや、なんでもねぇ。総司、お姫さんの所に行くのを許可してやるから早く行って来い。ただし、お姫さんが寝ていたら、そのまま帰ってこいよ」
「はい。では、いってきます」
 浅黄色の羽織を纏った総司の背中に、『誠』の文字が土方は見えた気がした。
それは、総司が『蓮水ゆき』というたった一人の大事な人を守るという志をしっかりと土方は総司の瞳に宿ったのを感じたからかもしれない。
 

******

 リンドウの屋敷に忍び込むかのように身を潜めながら総司が向かったのは、蓮の花が浮いている池がある場所。
 確信はないが、ゆきがこの場所にいると総司は思ったからだ。彼の予想した場所に彼女の姿を見つけた。
 ゆきの姿を発見したが、そっと木の陰に身を潜め彼女の様子を覗う。もしも、総司の存在に気が付けば、ゆきは逃げるかもしれない。そう思うと、この場所から動けずにいた。

(ゆきさん……?)
 月明かりに照らせながら、ペンダントを握りしめるゆきの姿を見て総司の胸が痛む。
 恐る恐るその握ったペンダントを外そうとしてるゆきを見て、総司は思わず、身を乗り出し、ゆきの元へと駆け出した。
 あのペンダントを外せば、龍神の力を使う代償としている彼女の命が消えゆくのを現しているかのように、ゆきの身体が透けて見える。
 何よりも、ゆきの身体が消えるのをみたくない。

 
「ゆきさん……!」
 名を呼び、彼女を後ろから抱きしめる。
「消えないでください。あなたが消えるところを僕はみたくない…!」
「そ、総司さん…?あ、あの……!離してください」
 思いもしなかった総司の出現と今の状況に戸惑いを見せるゆき。彼女からの柔らかな拒絶を含む言葉に心が痛んだが、この機会を逃したくないと強く思った。
 総司が離してしまったゆきの手を再び、自身の手でつなぎ直すためにも。ゆきから離れないと、彼女を守ると心から決心したのにその彼女が総司から離れていってしまう。そんなことにはなりたくない。
 

「嫌です。僕があなたを離したら、ゆきさんが逃げてしまうでしょう?僕にかけられていた呪詛が解け、命令が取り消されてからゆきさんは僕を避けてますよね?僕が怖いかと聞いた時、怖かったって言われたのも覚えてます。ですが、あなたに避けられるのは嫌です」
「……ごめんなさい。総司さんの感情が戻ったのは嬉しいんです。ですが…、どう接していいかわからなくなってしまって……」
 申し訳なさそうに顔を朱に染めながらゆきが総司に謝る。


「それは…僕が怖いからですか?」
「違います!そうじゃなくって…」
 恐る恐る口にした総司の言葉は、ゆきに強く否定され、驚く。

「違うのですか…?僕は命令されたとはいえ、苦しみから逃げるように感情を封じ、あなたの命を狙ったのです。それ以外にあなたが僕を避ける理由がみあたりません」
「……それは総司さんのせいではないのを知ってます。総司さんが優しい人だから」
 総司のゆきを捕えていた腕の強さがいつの間にか弱まっていた。ゆきはゆっくりと振り向く。そして、総司と向き合い総司の頬に手を添え微笑んだ。


 総司と最初に会った時のことを思い出す。命令だから、といい何でも受けて遂行してしまう人だった。
 そんな彼が、下された命に心を痛めた。
それは総司がゆきに心を開いてくれていたことだと分かって悲しさの反面嬉しくさも少しからず感じたのだ。
 もし、総司が迷わずに命令を遂行したのなら確実にゆきの命はないだろう。 
 総司はゆきの八葉である前に『新選組一番隊隊長・沖田総司』なのだから。


「だから、総司さん。気にしなくっていいです」
「ゆきさん……。では、僕を避けていた理由は何なのですか?それを聞くまでは、あなたを離すわけにはいきません」
 頬に添えられたゆきの右手を総司がつかむ。
「私は逃げません。ですから…」
「ダメです」
 言葉とは真逆に、微笑んで彼は言った。
総司はゆきがきちんと理由を話すまで、ゆきを離すことはないのだろう。それを、感じ取ったゆきは観念して、言葉をゆっくりと紡いだ。
 

「……前にも、総司さんとこの庭で会ったことありますよね」
「はい。あの時は感情がなかったせいでしょうか。ゆきさんの透けた腕を見てもあなたを失う恐怖感などなかったのに今、それを見せられたら僕は冷静でいられそうにありません。…もしかして、僕があれを見たのが原因…ではないですよね」

 白龍の力を借りる代償として、ゆきの命が削られている。ゆきは、そのことを八葉たちに隠していた。それを、きっかけはどうであれ、総司は知った。彼女が『死ぬ』ことよりも、『消える』のを恐れているのも。
 だが、彼女は総司がその事実を知ったからという理由で彼を避けている。それは違うのだろう。

「違います。その後のこと…覚えてますか?」

 彼が思った通り、その答えは否定された。


「あの後……。あ……。もしかして……。嫌でしたよね。すみません」

 いくら総司が感情をなくしていた時の行動であっても口づけを交わしてしまった。あの時の総司にとって、ただ唇が触れ合っただけであり、ゆきに触れる行動としてでしかなかったが、ゆきには違ったのだろう。
 あの時の自分がなぜ、ゆきの唇に触れたのかわからない。わかるのは、触れた時の感触だけだ。

  
「……相手が総司さんだったから、嫌ではなかったんです。でも、悲しかったです。あの時、触れた唇から総司さんが私のことを何とも想ってないのがわかって寂しかった」

「ねえ、ゆきさん。あの時の僕には何も感じることができませんでしたが今は違う。あなたを誰よりも近くで感じ、触れ合いたい。――ゆきさんが大好きだから」

「総司さん……。私も総司さんが大好きです」


 総司の唇とゆきの唇が重なり合う。最初に唇が重なったあの時とは違い彼から、伝わってきた気持ちが嬉しかった。 
 あの時とは違う、暖かい彼の体温。
もう彼の心は空ではなく、封印していた感情が解き放たれた証。
 一度は離れ離れになった二人の心の距離がまた縮まった気がした。

「……これで、僕の気持ちは
あなたに届きましたでしょうか…?」

 こくりと頬を染めた愛らしい彼女が頷く。

「僕はもう、あなたを傷つけることはしないと誓います。あなたをどんな敵からも、守ってみせる」

 誓いの言葉と共に、離れた唇が再び重なり合った。


END
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