遙かシリーズ

□揺れる水面、揺るぎない瞳
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『オレに半月の猶予を与えてくれないかい?』

福原を後にし、熊野に戻り水軍を率いて来たまではいい。彼にとっての誤算は天候が読めなかったことにある。
現に今、強い向かい風が吹き荒れ海が荒波を立て足止めをくらっている状態なのだから。
これでは仲間たちに約束した半月までに戻ることは不可能だ。


そのことを見越したのか何人もの部下が
「頭領、ここまま手を引きましょう」
こう言ってきたことか。
それでも彼はがんとして部下たちの申し出を聞くことはなかった。ヒノエとて源氏を見捨てるという手段を考えなかったわけではない。熊野別当として、熊野水軍を率いる頭領の藤原湛増としては勝ち目が薄い戦に水軍を巻き込むことができないのだから。



もしも源氏方が熊野水軍の援軍を待たずに戦を始めてしまえばきっと敗北してしまうだろう。そうすれば 熊野の命取りに成りかねないのが事実だ。そんなことにはしたくない。


総大将の九郎も軍奉行の景時も軍師の弁慶も雑兵たちは抑えられたとしても頼朝からの命令では動かないわけにはいかなくなってしまう。そうではなっくとも、弁慶がヒノエが半月経っても来ないのなら見かねて違う策を打ち平家と戦を始める手を打つかもしれない。
どちらにせよこの策は成り立たなくなってしまう。それでも彼は見捨てたりはしなかった。


やがて徐々に海の荒波が静まっていくのを確認できヒノエは水軍たちに出航の準備を言い渡し熊野水軍は福原へと発った。
海を渡ることさえ出来れば福原までそんなに時間はかからないだろう。

(あと少しだ。待ってろよ、望美)



彼はあれほどまで
『私も一緒に行く!!』
と言い張った彼女を陣に残してきた日のことを思い出す。

(望美、お前ならオレを信じて待っていてくれるだろ?)

今は隣にいない愛しい少女へ想いを馳せる。
彼女なら何があっても信じて待ち続けてくれるだろうと信じられるからこそあの場所に残して去ったのだ。だからヒノエは見捨てなかった。望美ならば信じて待っていてくれる、そう確信しているから。
ましてや、彼が惚れ込んだ相手。
彼女を泣かせるまねなど出来るわけもないのだ、絶対に。


明日には福原に着き源氏軍に熊野水軍が加担して一気に福原を落とすことになるだろう。
今、熊野水軍が源氏についてこの策が成功すれば7割方、源氏が勝つ。


航路の確認、部下への指示を一通り終えると
「各自、明日の戦に備えて休みを取るように」
そう締めくくり解散の合図を出した。
夜空を仰げば十六夜の月が浮かんでいる。
明日には月が満ちて望月の形を模すだろう。
それは望月の名を持つ望美に捧げる勝利にふさわしいな、と彼は思った。


背後に人の気配を感じると同時にその人物から声をかけられる。
「頭領」
「お、どうした?」
「どうした、じゃないすよ。…本当にこのまま源氏につく気ですか?」
この男が言いたいことは大体察しがついてきた。
「ああ」
やぱっりな、と思いつつも返事を返す。
「頭領は半月と言って来たんでしょう?もうその半月は過ぎたじゃないすか。
もしも源氏が我々を待たずに戦を始めればどうするんですか?」
ここまで来るまでにもこの男と同じ事を問いかけてきた輩は何人もいた。その度ヒノエは『大丈夫だ。そんな心配はいらない』そう言って押し切ってきた。今回も同様に相手に今までと同じ返答を口にする。

「そんな心配は無用だぜ」
「理由をお伺いしても?」
「ああ」
この青年が何の根拠もなしに信じるなんて事はないだろう。だからその理由を男は知りたくって尋ねた。
「神子姫がいるからだよ」
「へ?」
あまりにも根拠になりそうにも無い意外な返答に唖然としいかにも間抜けな声がその男から零れた。

「あいつはオレを信じて待ち続けてくれる。
だからオレはあいつの信頼に応える為に動く」
「…本当にそれだけですかい?」
「そうだけど?用件はこれだけかい?」
この理由だけじゃ足りない?そう無言の威圧を感じ取った水軍の一員である彼は
「あ、はいっ。お時間ありがとうございやした!」
そう言い残して水軍衆が使っている一室へと戻って行った。そしてヒノエも自分が使っている部屋へと足を進め、その中へと入っていく。
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