遙かシリーズ

□約束の果て
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「季史さん。やっとあなたの名前が呼べた」
呼びたかった彼の名前。
けれども、それは彼の記憶がなく呼べないままだった彼の名前。
「私は、優しい声で、名前を呼んでもらいたかっただけなのだ」
愛されること、愛することを知らずに終えた生涯。誰も、彼の名を呼ぶものなどいなかった。


ある雨の日に交わした約束。
『そなたにお願いがあるのだ』
『お願い、ですか?』
『私の記憶が戻り、名を取り戻した時、そなたの優しい声で私の名を呼んでほしいのだ』
『はい!呼ばせてください、あなたの名前を』
まさかこのような状況で呼ぶことになるとは思ってもないことだった。
だが、動いた歯車は回りだしてしまった。否、二人が出逢った時からゆっくりと動いていたのかもしれない。


「季史さん…季史さん、季史、さん…」
何度も涙を流しながら彼の名を呼ぶ。彼の名前を心に刻むように。彼の名を口にする度に季史と過ごした僅かな時間が脳裏を駆け巡る。

雨に濡れないように衣を掛けてくれた人。
彼に逢いたくって一人屋敷を飛び出し、話を聞いてくれた日のこと。
あかねが龍神の神子だと知っても、元宮あかねとして見てくれた人。
彼との思い出は、どれも優しい思い出だった。


「あかね」
名前を呼ばれ、そっと俯いていた顔を上げると季史はそっと彼女から流れ出す涙を親指でぬぐう。彼と重なった瞳。出逢った時に宿っていた迷い人の瞳とは違いどこまでも優しく、綺麗だった。きっと、彼の迷いがなくなった証。未練を断ち切った証だ。
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