遙かシリーズ

□さくらおと
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雪が解け、春の訪れを告げる桜が咲き始める。春風に吹かれながら、桜の花弁がひらひらと宙を舞い地面へと落ちていく。この桜の花びらが、ひらひらと落ちていくように、いつかゆきの記憶から瞬と過ごした時間や記憶が消え落ちてゆくのだろう。
 それは、ひっくり返した砂時計の砂がさらさらと落ちていくように。時間を戻して、その砂は風に吹かれ消えていくみたいに、ゆきの記憶の中から瞬の記憶が抜け落ちるのだ。
 桜の花びらと記憶は似ている。どちらも、時が経てば儚く消え落ちてしまうから。
彼女が龍神の神子としての役割を全うする時が来れば、ゆきを守る八葉の一人として、神子を支える星の一族として、責務が完了したのなら瞬と弟の祟はこの世界から消えなければならない。それが、決められた運命だ。そして、彼女の記憶から瞬たちと過ごした記憶が消えてしまう。けれども、瞬だけはゆきが瞬のことを忘れる時が来ようとも覚えていようと心に決めている。

(いつか離れる時が来ても、ゆきとの想い出と彼女へのこの想いがあれば俺は幸せだ)
 そのようなことを考えながら、蓮水家の庭に咲いている一本の桜の木を桐生瞬は眺めていた。
(後何回、ゆきとこの桜を見ることができるのだろうか)
 夢で見た龍神の神子としてのゆきの姿が今のゆきと重なりつつあるから、その時は近いのかもしれない。けれども。
(もう少しだけ、時間を……)
「……瞬兄?瞬兄」
「ゆき。どうかしましたか?」
 人の気配に敏感な彼だが、いつの間にか、ゆきが瞬の近くにいて彼の名前を呼んでいたことに気が付いた。
「どうしたかって、それは瞬の方だろ。いつもなら、すぐさま反応するゆきの呼びかけに反応しないとかさ」
 彼女に問いかけた言葉に直ぐに応えたのはゆきの隣にいる都。外見も中身も男ぽいところが彼女にはあるから、彼女の性別を知らなければ、彼女たちが恋人同士にみえるかもしれない。
(都のゆきに対する態度もその原因の一つなのだろうが)
 今は、どうでもいいことを彼女らを見てふと彼は思った。

「都。俺はゆきに聞いたのですが。それよりも、ゆき。俺になにか用事ですか?」
「何で無視するんだよ、瞬」
「ゆきの方が最優先だからです」
「あっそ。相変わらず瞬はゆきに厳しいんだか甘いんだかわからないな」
「それで、何かありましたか?」
 都の言葉を受け流し、ゆきに再び問いかける。
「うん。たいしたことじゃないけど……。瞬兄が桜を悲しそうな瞳で見ていたから気になったの」
「それで、俺の名を呼んだのですか?俺のことをゆきが気にすることはない。ただ桜を眺めていただけですよ。俺がそのように見えたのもゆきの見間違えです」
「でも……」
「でも、ではありません。俺が言っているのですから信じてくれませんか」
「……わかった。ねぇ、本当に大丈夫?瞬兄、もしかしたら留学するの嫌?」
 納得はしてないが、瞬が理由を言わないだろうと察したゆきは答えを追求するのをやめる。だが、どうやら瞬がゆきたちと同行して留学するのが嫌かと思っているのだろうと感じたのか、違う問いかけを瞬にしてきた。
「嫌ではありませんよ。向こうで医学を勉強するいい機会ですから。それに、ゆきを一人で行かせるより一緒にいた方が安心です」
「もう、そんなに私って危ない?都にも同じようなこと言われて、おでこコツンされちゃったし」
「当たり前だろ。私の天使は可愛いんだから、知らない土地で一人にさせたら危ないに決まっているだろ。それに、ゆきは鈍感だしな」
 都がゆきの言葉に反応して、コツンと軽くゆきのおでこに触れる。
「都…。また、おでこコツンした……」
「そう拗ねるなって。ま、拗ねてるゆきも可愛いけど」
「もう、都ったらまたそんなこと言うんだから」
「いいじゃん。本当のことなんだからさ」
 都とゆきのやり取りは知らない者から見れば、恋人同士に見える。それは、普段の二人のやり取りを見て慣れている瞬だが簡単にゆきに触れて、甘い言葉を言える都のポジションが羨ましいと思うこともあった。
「もう!そんなことより留学の準備は出来たの?」
 話の話題を変えるようとゆきは違う話題を都に振る。
「もちろん。あの家を出る支度なら早々と済ませたさ」
「そっか……。じゃあ、これから私の荷造り手伝ってもらっていい?」
 都が家族と上手くいってないことを知っているゆきは、幼なじみの彼女の言葉を聞いてズキっと胸を痛め一瞬、悲しい表情を見せたのを彼らは見逃さなかった。
「了解」
「ありがとう。じゃあ、瞬兄、私たち部屋に行くね」
「わかりました」
 去っていく彼女の背中を見つめながらまだ来ぬ彼女の未来の姿と重なる。
 風が二人の間を裂くように吹き、桜吹雪が舞う。それは、桜が迫っている刻限を知らせるかのようにも思えた。



END
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