二次創作

□瑕(キズ)
1ページ/2ページ

とある夏の日。



竜宮島に帰還しようやく落ち着いた日々を送り始めた一騎が訪れたのは
岬にある一軒の家。

それは、先日同級生等と合宿に訪れた―――日野道生の住む家。


開かれたままの戸を躊躇いがちにくぐる。

「あの、こんにちは…」

何と声をかけようか逡巡した挙句、なんとも凡庸な言葉しか出てこなかった自分を一瞬恥じた。
だが、

「よぅ、一騎」

首にかけたタオルで汗を拭いながら玄関へと姿を現した道生の姿を見て、そんな考えも一瞬にして消え去った。




海からの風を受けて縁側につるされた風鈴の心地よい音色が辺りに響き渡る。
薄暗い居間から眺める明るい海は、まるで切り取った風景画のようだと
所在無く畳の上に座った一騎はぼんやりと思った。

「待たせたな」

カラン、という涼しげな音と共に聞こえた声に振り返る。
道生が両手に持った氷の入った麦茶のグラスが、まるで別世界のもののように思えた。


向かい合うように座った二人に訪れた沈黙。
グラスから伝う水滴を見つめながら、
なんとか口を開こうとした一騎よりも行動を起こしたのは例によって道生。

「あのときは悪かった、一騎」

そう言って、深く頭を垂れる。

一騎の中で苦痛の日々が昨日のことのように甦る。

『あのとき』
それは、一騎が新国連の捕虜となった時のこと。
API−1の新人類として、まるで実験動物のように扱われ、検査と実験を繰り返された連日。
それが終わると人類軍の兵士達に玩具にされた日々。
新人類と交われば同じような力を手に入れることが出来る、
フェストゥムと戦っても死ぬことは無い、
と馬鹿馬鹿しい風聞が流れ始めたのは一体いつからだっただろうか。
しかし、そんな子供だましの噂に、兵士達は踊らされた。
およそ人としての扱いをされることの無い、まるで地獄のようなあの日々。

それを知りながら一騎を助けなかった道生は、今更ながら罪悪感を払拭できなかった。。

島に戻ってから、合宿、海水浴と楽しい思い出を、と画策してみたものの
時折覗く一騎の瞳の黒い影はやはり消えることは無い。


「―――いえ、別に」

はっと顔を上げると、
まるで何も無かったかのように一騎は穏やかに答える。

それは嘘だ。
多くの人間に弄ばれ、叫び抵抗したいのを、
己の唇を噛み切りながらも必死で苦痛に耐えていた痛々しい一騎の姿を道生は見ている。
ゴミのように切り裂かれたシナジェティックスーツに、おびただしい血液が付着していたものを
名前も知らない同胞がダストシュートに放り込むところも目撃している。
知っていながら、この目で見ていながらも、手を差し伸べることすらしなかったのだ。
人類軍で唯一頼れる人間であったはずの自分を怨まなかったことは無いだろう。

「俺はもう、大丈夫です。だから、そんなことしないで下さい」

本当ならば、口を聞くことすら嫌悪するであろう自分に対して一騎はあくまでも真摯に話しかける。

「大丈夫ですから、だから…もう忘れてください」

つまり、不用意なことを言って、総士に発覚させることは決してするなと。
そういうことなのだろう。

―――ただ、頷くことしかできなかった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ