小説〈長編〉

□【5】
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10月××日
甲高い子供の声が聞こえてくる。
よほど嬉しいことがあったのか、無邪気な程にはしゃぐ声。
女の子だろうか?
カカシが寝そべる木の枝から、その光景はよく見えた。
アカデミーでの演習風景。
柔らかな栗色の髪をした女の子がイルカに駆け寄りその胸に抱きつき、笑みを浮かべる。
『できた!』と、その一言に対し、イルカは何も言わずにただ嬉しそうに髪を撫でてやっていた。
その光景にカカシの指に力が籠もり、木の樹に添えていた手によって樹皮がパラパラと剥がれ落ちた。
あんなにも誇らしげに嬉しそうに、そして何より愛しそうに接するイルカ。
けれどそれは、女の子のみに向けられる感情ではなく、全ての子供達にそれは向けられる。
そのことにカカシの心は騒めくのだ。
いくら相手が子供であったとしても、イルカが見つめる者は子供ではなく自分であってほしい。
カカシは、ふと思った。
ナルトは、これを見たくなかったのだろう――皆のイルカ先生。
ナルトの心が不安定な頃は、おそらくイルカの全てはナルトのものであったはずだ。
けれど、年を重ねるごとにナルトは成熟し、それと同時にイルカの目は他に向いてしまった。
そのことが許せなかったのだろうか?
だから、イルカの意識が戻らなくなったあの時、ナルトは皆にイルカのことを告げなかったのだろうか…?
自分だけのものにと考えたのか。
ナルトの気持ちは、今のカカシには良く分かった。
でも、と思う…理解は出来るが、自分ならばベッドで眠ったままのイルカの姿はもう見たくはない。
あんなにも頼りなげだったイルカ。
彼は、外の世界に居なければならない人だ。
今、カカシの目の前に居る子供と共にあるイルカが、より一層彼を彼らしくさせている。
それなのに、ナルトも自分もイルカの心を無視し、自分達の想いを彼に押しつけている。
そのことに気付くことができて良かったとカカシは思った。
このままイルカとの関係が進めば、近い未来、ナルトと同じ過ちをしてしまっただろう。
イルカのあの深い黒の瞳にカカシのみが映るように閉じ込めてしまうことなんて、ナルトは様々な要素が加わり偶然にもそうなってしまったのかもしれないが、自分ならばいとも簡単に出来てしまう。
カカシは、子供たちに目を向けるイルカを見つめ『イルカさん』と、ひっそりと呟いた。

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