日和

□ひとりでおかえり
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曽良君はとても怖い。

私がうっかり眠ってしまって、目を覚ました瞬間そこには曽良君の体温と曽良君の身体の形の歪みを残した布団だけがあった。
真っ青になって隣りの部屋を開けると曽良君がいた。
「何やってるんですか、芭蕉さん。置いて行きますよ」
脚半を巻きながら曽良君はそう言った。


そんなに掠れた声で
そんなに真っ青な顔で

「まだ君は無理だよ!もう少し寝てなさい!」
「何言ってるんですか。一人じゃ何もできないくせに」



私は、その怖い曽良君の頬を打っていた。

それだけで倒れる身体。立っているだけで、やっと。


「………自分のことも考えなよ、曽良君。…」


曽良君がぼんやりと頬を押さえて見上げている。


「私ひとりで大丈夫だから。だから…」


私が口にできたのはそれだけ。

あとは、いつもどおりの展開。
痛みに泣きながら、曽良君を見上げる。

しかし、いつもと違う。
蒼白な貌には驚愕のような、怯えのような表情。
あぁ、怖いんだね、曽良君。

何度もその名を呼び続ける。
わかって、曽良君。


君は、私より先に逝っちゃいけないんだよ。


「嫌です、芭蕉さん…あなたは何もできないじゃないですか」
うわ言のように曽良君は呟く。

「捨てないでください」
また、うわ言。

何とか私は口を開く。鼻血が口に入るけどかまうもんか。

「捨てないよ、曽良君」

拳が、畳に落ちた。


私は曽良君に縋って起き上がる。

震える曽良君の頭をできるだけ怯えさせないように撫でる。
癖のある髪の毛は汗で濡れて私の手に絡む。

「良い子だから」
「子ども扱いしないでください」

それでも、曽良君は猫のように目を細めている。

「大丈夫だよ、曽良君。大丈夫。捨てないよ。私、曽良君がだいすきだよ。だから、曽良君…」

肩に曽良君の頭が落ちる。
ぐったりと熱がもたれ掛かってくる。どうやら意識がないようだ。

私は慌てて曽良君を布団に引き摺って行く。
早くまた医者を呼ばなくちゃ!

私の肩。

曽良君の目元があたっている布地がじわじわと濡れている。

…できることなら、私だって。
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