日和

□ラーフラ
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その肌はあまりに薄い。
上等の香。乱れた寝台。
やればできるじゃないか、と来た時に馬子が評した太子の朝服は寝台の下の床に丸められている。
皺になると言ったのに、と馬子は溜息をついた。今更のことだ。
水晶に墨を流し込んだような濁った目は頭上の壁を舐めるようにどろりとして虚ろだった。
「太子」
「はい?」
白く長い頸は喉笛を反らしてぐったりと伸びている。顔だけが反り返っていて顎が天井を向いている。
やはり壁を見つめたまま太子は動かない。
荒い息が通るたび伸びた喉が震える。
「性欲などないのだろう」
「何でもお見通しですね」
やりたくないわけじゃないんですけど、どうもしんどいんです。太子はそう答えると漸く首を元に戻した。いてて、と肩をもむ。
汗ばんだ肌に黒髪が貼り付いている。
長細い、といえるであろう身体は最近余計に骨が浮いてきた。
肋骨、鎖骨、腰骨…肌を通して見えそうなほどくっきりと浮かぶ骨の陰。
「ただ、安心するんですよ、いつもどおりの事をやってたら」
惰性だ、ということはお互い分かっているのだ。
若い頃から何かの拍子に始まった関係は太子が摂政になったあともずるずると続いている。

得体が知れないな、と馬子は思った。

薄い胸が息をするたび上下する。
もう若くはない肌はそれでもまだ20代の張りがあった。
「何が不安なのかも分からないんです」
太子は手を伸ばす。
「跡継ぎがなければ、出家することはできないんですよ、天竺では」
「そうか」
「だからね、悉多(シッダールタ)太子は何とか子をつくるとこれ幸いと出家し釈迦になったんです」
ひどい話ですよね、と太子は言った。
「虚しいのか、この行為が」
「いいえ、私は馬子さんが好きです。安心します…って話を逸らさんでくださいよ」
唇を尖らした。

「子どもを置いて行ってしまうなんてね。そりゃぁ子どもも歪みますよ」

「…それは君のことかね」

太子の父、豊日の帝もすぐに逝ってしまった。
少年の彼の双肩に、重い重い国がのしかかった。

「…私じゃなくて悉多太子の息子の羅怙羅(ラーフラ)のことです」

緩い笑みを浮かべて太子は言った。
「私もそろそろ子を成さねばなりません」
「早くしてもらいたいものだな」
「まぁそう急かさんでくださいよ。私もね、出家を望んでみようかな、なんて」

馬子は渋い顔をした。
太子はぱったぱったと手を振る。

「あっはっは、だからダメなんですよ、子どもなんて作らせちゃ!私はその子に全て押し付けて逃げますよ。
出来損ないのアホの私ですらできたんですから、息子が生まれたら最初っから馬子さんにできのいい子に育ててもらって、私はいなくなりますよ!
変わりにやってくれる正統な血脈を受け継ぐ賢い息子を置き去りにして!」

けらけらと笑った後、太子は言う。
「だからほら、私の子が出来ないように無駄にしてください。私を縛り付けてください」

逃げないように、と太子は呟き、自らの白濁が無駄に飛び散ったシーツをぎゅっと握り締めた。
子を結べなかったそれは冷めて虚しく死んでいく。

「馬鹿馬鹿しいな。たとえ君に何人皇子が出来ようと君は君だ」
「あ、逃がしてはくれないわけですか」
「当たり前だろう」
ふーーっと太子は溜息をついた。
「やっぱりね〜」
「立場を考えたまえ」
ころん、と太子は横に転がり、寝台の淵に腰掛けていた馬子の背中に縋るように這い登る。
その背にぴったりと平坦な胸が沿わされた。
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