日和

□ひとりでおかえり
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僕は芭蕉さんを見上げていた。
いつもは見下ろす方なのに。

芭蕉さんは歯を食いしばって、目を零れんばかりに見開いて。

頭がぼんやりする。
暑くて、暑くて、皮膚の感覚が妙に鈍い。

それでも、その痛みだけは、まだはっきりしている。

「痛いじゃないですか」

面白い程に水分のない掠れ声。あぁこれは僕の声。



芭蕉さんが何か言った。
妙に静かな声。実は僕が大好きな声。




頭に靄がかかっている今の僕には芭蕉さんが何を言ったのか理解できなかった。


ただ、気がつくと僕は芭蕉さんを見下ろしていた。
芭蕉さんに馬乗りになっていた。
また、芭蕉さんが声を上げる。

また、振り下ろされる拳。


僕の拳、だ。
「曽良君、曽良君、そらく…」

拳がその声を遮った。


「嫌です、芭蕉さん」

次の拳は、振り上げられ、力なく畳の上に落ちた。
息の音、心臓の音。まるで全速力で走ったような。


芭蕉さんの手が僕の着物を掴んだ。
僕は、ぼんやりとその手を見ていた。
芭蕉さんが起き上がる。

「曽良君」

鼻血が芭蕉さんの襟首まで滴った。

頭を撫でられる。

「良い子だから」
「子ども扱いしないでください」





それでも、その体温に安心している自分がいる。
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