日和

□拍手ログ
2ページ/3ページ

書庫という場所が、昔から鬼男は好きだった。
埃っぽい空気も、古い墨の匂いに混じればそんなに不快でもない。
それは心地よい目眩を誘った。

資料を抜き出し出廷する。
チョコレートを囓りながら閻魔帳に目を通す上司に些か呆れた。
そういえばさぁ、と彼はこちらに目を向けずに言った。
今日の五十二人目は二千年以上ぶりに天国に行ける魂だと言って嬉しそうに口許を綻ばせた。

彼は全てを知っている。
幼い頃、寝物語に聞いた人間が生まれる前の話。そして、ピトリスから、彼岸が生まれた頃の話。
神々の物語をその身で体験し、何十億もの魂の物語を迎え入れる。

戯れに適当に選んだ魂の罪状を問えばその口から澱みなくはじまる物語。

頭がおかしくなっちゃいそうだよ、と冗談めいて笑う彼に鬼男は短くそうですかとだけ答えた。

鬼男にはその物語に体験が伴わない。
それが、知識。


物語を体験した者がその物語を紡いでいく。
語られる者、語る者、聞く者。
描かれる者、記す者、読む者。

さて開廷だ、と椅子についた。
一人目の名を読み上げる。
こうしていつもの裁きがはじまる。



書庫という場所が、昔から鬼男は好きだった。
埃っぽい空気も、古い墨の匂いに混じればそんなに不快でもない。
一生かけても読み切れないであろう知識の海が目の前に広がる。
それらは先人達の生涯の破片であり、モザイクで描かれた世界であった。
鬼男はいつもページを捲る側でしかない。



【図書館】

それはあまりに莫大な知識量を擁していて心地よい目眩を誘った。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ