すぎなの筆



バスを三本見送った頃に、ツナはとうとう泣き出してしまった。
最初はぐずぐず鼻をすする音が聞こえたかと思ったら、いつの間にか座っているベンチの背もたれにしがみ付いてわぁわぁ声を上げていた
ペンキがはげてしまっているベンチのサビが、ツナの涙で溶け出した

「山本はオレのことなんか忘れちゃうんだ!」

ツナは最近この言葉をよく口にする。そのたびにオレは言ってやる

「絶対無ぇって、そんなこと」

それでもツナが泣き止まないことをオレは知っていたし、それ以上ツナがオレに何かを催促しないことも知っている
そうだ、ツナはオレに行くなとは言わない
さよならとも、まだ言ってない。
あんまり泣くと頭痛くなるぜ、と言ってもやっぱりツナは泣き止まない。いつものサイクル、
アスファルトから頭を出して伸びきらないツクシンボウがゆっくり風に伏している。
春だ、昼間だ、町に出る。

「なぁ ツナ、迎えに来るからよ」

男一人、祖国を出て行くには十分な大きさの鞄を握りなおして、ツナの頭を撫でた
距てがもうすぐやってくる、エンジン音を立てて

「絶対、迎えに帰ってくる」

ツナは後ろ向きに小さくうなずいた。それを確認してから、オレはバスに乗り込んだ。
一番後ろの座席を目指して真っ直ぐ歩く、ガラスを通して見たツナは小広い道の真ん中で鼻を右腕の袖で一生懸命に拭いながらこっちを見ていた。俺と目が合うと伸びきらない左腕をのろのろと降った、まるでさっきのツクシンボウみたいだと思った。




まってる、またね、またね





俺の知るかぎりツナは嘘をついたことが無い、きっと、絶対、確実に、待っててくれるだろう
春臭さを香るたび、きっとオレはあいつに手紙を出すのだろう
あの鉄の匂いを思い出しては、自分の使命を思い出すのだろう
さっきまで丁度いい大きさだと思っていた鞄がだんだんとおおきくなっていくような気がした。





春、オレは思い出をさらって町に出た







end

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