phantom
□1、man meets phantom
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この時間帯の地下鉄は、帰宅ラッシュで身動きがとれない。
誰も、オッサンがバラを持ってることを気にとめるような余裕は無い。
そんな中で俺は、高校時代のことを思い出していた。
3年間利用した、この路線。卒業後は、用が無くて乗ることがなかった。
だから、こうして1年に1度、通学路を辿っていると、あの頃に戻った気分になる。
これから学校に行って、数学教師の声を子守唄に居眠りして、昼は購買でパンの争奪戦。チョコロールは一番人気だ。
屋上に行けば、大の字に寝っころがる和也。
俺の戦利品を、当たり前のように物色して、『チョコロールないじゃん』なんて、自分勝手な文句を言う。
思い出す『高校生活』にはいつだって、和也が居る。
不貞腐れてる姿。
小さな子供みたいに笑う顔。
どこか傷ついたような背中。
差し出された、震える手。
アイツは、常に情緒不安定だから、いつも態度が違う。
今日の和也は、そっけなくないといいな。
そんな風に考えて、ふと顔を上げると、窓ガラスに映る、くたびれたオッサン。
なんだ。そうか、俺はもう、高校生では無いから、数学で居眠りして赤点とったり、昼のチャイムと同時に購買にダッシュしたりも、することは出来ない。
そして勿論、屋上で待つ和也は、居ない。チョコロールを奪う、和也は居ない。 悔しい。
どうして俺は、高校生じゃないんだ?
どうして和也は、俺の隣に居ないんだ?
誰にでも無く、文句を言いたくなった。
地上に上がると、部活か何かで遅くなった学生が沢山居た。
母校の学生だ。
俺はお前らの先輩なんだぞ、と、なんだか無性に自慢してやりたい気持ちになった。
地下鉄の駅から学校まで、バスが出ている。
けれど、それは1時間に数本しか無いので、いつも歩いて通った。
特別、歩けない距離でも無いから。
だから今日も、歩いて行くことにする。
さびれた商店街を通って、郵便局を越えて、背の高い木が生い茂る神社をぬける。 ここからはもう、学校に行く為の道じゃない。
和也とは、この一帯を歩き回った。
家に帰りたくないらしい和也に付き合って、暇を潰した。
そうして見つけた秘密の場所。 廃ビル。
人の通らない区域に建つビルは、絶好の暇潰し場所だった。
花火をしても怒る人間は居ないし、学校をサボりたい時になんかも、2人でダラダラと過ごした。
和也は、頻繁に寝泊まりしていたみたいだった。
20年経った今も、そのビルは変わらずそこにあった。
傘を少し傾けて、見上げてみる。
7階建てのビルは、あの頃より、老朽化が進んでいるようだ。壁に入ったヒビが、大きくなっている。
入り口は、管理者によって、今は硬く閉ざされていて開かない。
『あんなこと』があったんだ。仕方ない。
随分と長い時間、俺は上を見上げていた。
そのせいと、激しい雨の音で、ビルの前に人が来ていたことに気付けなかった。
少年だ。高校生くらいの少年が、ビルの壁に寄りかかっている。
こんな大雨の中、傘もささずにズブ濡れだ。
「何してんだ?」
既にズブ濡れだが、もう冬も近い。これ以上濡れないように、傘の中に入れてやる。
「余計なこと、しないでくれる?」
「!?」