astray


□幸せ味のオムライス〜ユウside〜
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 プレス機や溶接機の発する音が絶えることなく重なり合い、たとえ目の前に居る人間が大声をあげても、会話が成立しない騒がしさ。
車の扉部分の溶接や、その扉に必要な細かい部品の組み立て等を、大きな工場内で全てが同時に行われている。
そんな中でユウは、小さな部品の溶接を任されている。
ユウの他には2人程という少人数で編成された班で、ほとんどが一人きりの作業。
 人付き合いが苦手なユウにとっては、この仕事は性にあっていて、たいくつだなんて思わない。
会話も無く、淡々と作業を続けていると、全ての騒音を掻き消す程の大きなベルが鳴り響く。 昼休憩の合図だ。
 今までの騒音が嘘のように、シン、と静まり返る工場内。
機械音の変わりに、作業員たちの談笑があちこちで聞こえるが、機械に隠れていて姿を見ることは出来ない。
 ほっと一息ついて、ユウはプレス機の裏にあるイスに腰をおろした。
別棟にある食堂で食事をしに行くのが普通だが、通路から死角になるこの場所は、誰に見られることもないので、一番落ち着く。
 入社して2年。若者ゆえに、はじめは物珍しいという目で注目されていたが、極度の人見知りで、いつも帽子を目深にかぶり、黒ブチのメガネ(伊達)をかけたユウに、周囲はあまり興味を示さなくなった。
 若者の少ない職場なので、見た目や性格で陰口を言ったり、苛めようなんて人は居ない。
 人見知りではあっても、朝は誰よりも早く出社して掃除をし、会えば必ず挨拶をする。人付き合いが苦手でも、そんなユウを工場の人たちは受け入れてくれている。


 自分専用の小さなロッカーからカバンを取り出して、音楽を聴きながら食事をするのが、ユウの日課。
今聴いているのは竜胆が、次のライブでカバーしたいと言っていた洋楽。
英語が苦手な竜胆の為に、歌詞を検索しようと携帯を開くと、5通のメールと3件の着信。
全て、竜胆からのもの。
 内容は、『店に来い!』というもの。
今の店で働き始めた当初から、竜胆はユウを頻繁に店に誘う。
 煌びやかなホストクラブは、自分の居場所を掴めず、いつも落ち着かない気持ちになるので、ユウは出来る限り誘いを断ってきた。
 けれど、断るのにも毎回気持ちが落ち込む。
竜胆がガッカリすることを想うと、いつも返事をすぐに出せないでいるのだ。
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