astray


□夜明け前のホストたち
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 午前3時30分。
早朝出勤の人たちがそろそろ起きだしてくるころ、ようやく一日を終えるホストクラブ『astray』。
 閉店時間を15分程超過して、お客が完全にひいた後の片付けも終了して、ホストたちは従業員控え室でたむろしていた。
 着替えも済ませて、各々自分の時間を過ごしている。
 控え室に置かれているソファセットに座って、亮は幸太郎と談笑し、その中に入れない竜胆は、向かいに座って雑誌を読む学にちょっかいを出して暇を潰そうとしているし、そんな騒がしい竜胆の隣で、ノリタケはひとり静かに読書にのめりこんでいる。
 普段は、仕事が終われば早々に帰ってしまう彼等が、こんな風にいつまでも残っていることは珍しい。
 それというのも、桜が新作のメニューを考案して、その試作品をまかないとして出してくれると言うので、誰一人として帰ろうとしないのだ。

 桜の作る料理は、ひとつとして他の店と同じ味のものが無い。
これまで親しんできたどんな味にも勝る桜の料理。
高級料理と呼ばれるものに引け劣らない、最高級品と評判で、雑誌の取材がくることもある。けれど、店を愛していている桜は、自分の料理だけがソロで取り上げられることを嫌い、全て断り続けているらしい。
 桜の『新作発表』に立ち会えることは、この店で働いている人間の特権のようなもの。
この発表会で皆が絶賛したとしても、桜がやっぱり気に入らないと判断したものは、店のメニューに入ることは無い。
 それ故に、この機会を逃すまいと、どんなに疲れていて眠くても待っていられるのだ。




 「なあってば! 対戦やろうぜ?つまんねぇじゃんかあっ!!」

「なつくな。俺は今忙しいんだよ。あっち行ってろ。」

 『暇』を連呼してまとわりつく竜胆に、学は怪訝そうに顔をしかめる。
 ひとりでじっとしていられない竜胆は、邪険にされても構ってもらえることが嬉しいのか、更にやかましく喚き立てる。

「雑誌なんかいいじゃん!オレと遊ぼうって!その方がぜってぇ楽しいって!」

自分勝手な言い分を、当たり前のように口にする竜胆。恐ろしく我侭。
 けれど、そんなに長くもないが、短い付き合いでもないので、学も竜胆の我侭にはもう慣れっこ。 無視を続けて雑誌のページを捲る。

 どんなに喧しくとも自分のペースを崩さない、という点でいえば、ノリタケのそれはすさまじい。たとえ今、地震や火事が起きたとしても、一度、本を読みだしたら、自分の興味を惹かれることがおこらない限り、集中力を持続させていられる。そのせいで、度々、彼は危うく命を落としかけている。
 
 一方、向かいのソファでは、デカイ図体に金髪で、見た目は強面であるのに、それを良い意味で台無しにする朗らかさを持つ幸太郎と、ぱっと見ではお人よしそうでいて実のところ懐に何か隠し持っていたりしそうな亮が談笑している。
タイプの違う二人が話している様は、不思議に見えるが、その会話の内容の方がもっと不思議、というか異様なもの。

 「この前、女子高生に話しかけられたんだけど、帰宅途中で眠くってさ。
最初はやんわり断ってたんだけど、あんまりにもしつこいから、『ごめん、日本語で喋って』って言ったら泣かれて、本当にうっとおしかったよ。」

「あ〜、それは確かに大変。女の子に泣かれるとどうしたらいいか解んなくなるよね〜」

亮の言葉に、幸太郎は腕組をして、ウンウン、と頷く。
噛み合っていないことに気づいているのは、言った本人、亮だけだろう。
亮が笑顔を崩さないせいで、言葉の意味合いが幸太郎に上手く伝わっていないのかもしれない。 それでもいいのか、亮は幸太郎に合わせて相槌を打つ。

「ちっこい頃は、すぐ下の妹に泣かれてぇ〜 いっつも固まってたなあ〜」

瞳を閉じてその頃を思い出し、苦しそうに顔を歪める。ただ、言い方が間延びしていて、あまり苦しい思い出には聞こえないが。


 なんとなく雰囲気が、普通の仕事仲間とのやりとりでは無いように思えるが、astrayでは、これが割とみんな楽しんでいる状態。なにせ、変わった人間の集まりだから。
『変人選手権』なんていうのがあったら、全員もれなく日本代表に選ばれるだろう。
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