astray
□コスプレ遊戯(後)
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『今度の日曜にイベントやるから、ヨロシクね』
3日前、唐突に桜がそう言った。
イベントというのは、2ヶ月に1回行われる。けれど、軍服のコスプレをしたのは1週間前。ひと月に2回も、というのがどうにも腑に落ちなくて、力也はすかさず疑問を桜に投げかけた。
すると、桜は楽しそうに
『2ヶ月に1回ってみんな思ってるから、たまには意表をついて2回目ってのもありだと思わない?』
と言った。
どうやら、今回のイベントは、桜主催のものらしい。
開催まで1週間も無いというのに、WEBで会員に参加者を募ったり、毎日閉店後も準備に忙しく動いている桜を見ていると、どれだけ楽しみにしているのかがよく解る。
そして、今日がそのイベント当日。
昼間の本職が休み、ということもあって、力也はソファに座ってイベントのことを考えていた。
今回は、コスプレのキャラを演じなければいけないので、ルーズリーフ両面5枚分の台本が手渡されていた。
それをボンヤリと眺めてみる。
「これ、やるんだよなぁ・・・」
セリフを口にする自分を想像して、少し気が重くなった。
小学生の頃は、恥も無く、何の気無しに学芸会で主役をやることもできた。
けれど、大きくなって周りが見えてくると、人前での演技、という行為に恥ずかしさが生まれる。
その点では、前回の軍服コスプレはよかった。
服は軍服でも、なりきる必要は無かったのだから。(一部では寸劇らしきものを楽しんでいたが。)
せめてもの救いは、桜の配慮か、演じるキャラが自分の性に合うものに設定されていること。
3日間という期間を与えられていたので、台本は楽に覚えることができた。
そして、当日になった今、演技をすることへの恥ずかしさをやっと自覚しはじめて、台本を見るだけで頭が痛くなってしまう。
イベントはもう間近。 ウダウダと考えていても仕方が無いので、夕方までは何も考えないことにする。
何か、他に気を紛らわすことが無いかと本棚の漫画を物色。
100冊以上は収納できる本棚が2つ。ほとんど全て漫画が入っている状態。
よくここまで集めたよなあ、と思うのと同時に、漫画はBLというジャンルのものばかりで、男の自分が愛読してるのはかなり居たたまれない気分になってしまう。
買いはじめたのは、深美に出会った日。まだ自分の恋心に気づいてさえいなかった頃だった。 もう、1年以上が経つ。
以前までは、話しかけることすらできず、参考書のような感覚で必死に読みあさっていた。 なにせ17年間、男として生きてきて、女の人もまともに好きだと思ったことが無かったのだから。
まわりが好きだの惚れただのの話で盛り上がっている時期、力也は、何をそんなに必死になっているのかと、一生懸命な友人を馬鹿にする程で、そんな自分は冷めているのだと自覚してもいた。
そうして、そんな力也にもようやく好きな人ができても、相手は男。
誰かに相談できるような恋ではなかった。
あの日、深美を店まで追いかけなければ、桜という理解者にも出会えず、きっと今でも苦しい毎日をおくっていただろう。
声すらもかけられず、一人で悶々と悩んで。
それを考える度に、力也は桜の存在に言いようの無い感謝の気持ちでいっぱいになる。
けれど、その桜は、妙に仲間意識というか、同士を得たと思っている節があって、時折、少々ウザたったくもなる。
この大量の漫画も、三分の二が桜から貰った
物。
桜は年下が好きで、力也が好きなのはオヤジ(深美)。
自動的に、好みの漫画も同じものになってくることが多い。
力也の場合、好みというよりも、未だに参考書、という位置付けではあるけれど。