phantom

□2、he is born again
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 「ねぇ、ちょっと。傘やめてよ。」

心底迷惑そうな声。
 あの頃も、よくこんな風な態度をとられた。
 
 けど、これは和也の声じゃない。 勘違いだ。

 そう気付いて、一気に心が冷えていく。
 よく考えたら、すぐに解ること。
 それ以前に、そんなこと、フツー考えもしないか。

 いや、今はそれよりも、抱き締めてしまったことを弁解するのが先だ。
このままでは、急に抱きついてきた変質者だ。

「すまん。人違いだ。」

そう言っても、信じてもらえるかどうか、と思っていたら、少年は気に留めていないように、傘から出た。
 またもや雨に打たれはじめた少年に、条件反射で傘に入れてしまう。

「・・・。」

少年は、迷惑そうな顔をして傘から出る。
 何がしたいんだろう?
 俺が踏み出すと、また一歩下がった。

「おい、人の親切を無下にするな。」

「・・・頼んでないし。」

 訳の解らない少年だ。
 今時の子、というのは皆、オッサンの傘に入るのを嫌がるものなのか?
 いや、俺もこのくらいの頃だったら嫌がったかもしれんが。

「風邪ひくぞ?」

「風邪ひきたいの。だから、邪魔しないで。」

「は?なんで?」

 風邪をひきたいだなんて、明日テストでもあるんだろうか?
 それにしたって、実際に風邪をひく必要なんかあるか? 仮病でいいじゃないか。
 俺が困惑していると、少年は小さく

「風邪こじらせたら死ねるんでしょ?」

と言った。

 『死ねるんでしょ?』
 その言葉は、以前よく耳にしたのと同系統のものだ。
 今気付いたけどコイツ、左の手首に包帯巻いてる。
 そうか、こいつも『死にたがり』なのか。
 『死にたがり』は説教なんか聴きゃしない。
 傘の中に入れるのは諦めて、望み通り雨ざらしにしてやる。
 このまま放置しておいても、俺の心は全く痛まない。
 
 けど、何故だか足が動こうとしない。
 『目の前の少年は和也じゃないんだ。しっかりしろよ』
 そう自分を叱ってやっても、一向に立ち去る気力が湧かない。
 というか、そもそも俺は、用があってここに来たんだ。こいつに気を遣ってやる必要なんか、微塵も無い。
 俺は半ば意地になって、少年が立ち去るのを待つことにした。
 どうせ、すぐに飽きて帰るだろう。今時の若者は、熱しやすく、冷めやすいらしいから。
 少年から少し離れて、タバコに火を点ける。風が強い所為で、ライターの炎が揺れて点けにくい。
 思い切り吸い込んで吐き出すと、同じだけ長く口から煙が出る。
 そんな俺を、少年はじっと見ている。
 何か、言ってやりたくなった。
和也に似たこの少年に。

「ここで昔、人が死んだ。」
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