phantom
□1、man meets phantom
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「藤吉、今日飲みに行くだろう?」
終業10分前。
仕事そっちのけで、同期の成田がメンバー集めをしている。
まったく、この男は38にもなって、まだ落ち着きが無い。 奥さんが不憫だ、と思うのはヤボだろうか?
「悪い。今日は大事な用があるんだ。また今度誘ってくれよ。」
やんわりと断る俺に、成田は不機嫌な顔をした。
「なんだあ?とうとう藤吉も所帯を持つ気になったってか?」
「はあ?」
「彼女ができたんだろ?したら、結婚考えるべ?この歳だったら。」
20代のうちにさっさと結婚を決めてしまった成田は常々『独身に戻りたい!』とボヤく。
あんなにも優しく美しい妻が居て、可愛い子供が2人も居て、何が不満だと言うのだろうか。
まあ、まず俺は、結婚したいと思うことが無いから、成田の気持ちなんて考えようもない。
俺には、結婚したい相手が居ない。
彼女も、居るときはあったが、そういえば長続きした試しが無い。
「違うって。今日、律が泊まりに来るから、家空けらんないんだよ。」
「リツぅ?
・・・あー、あのクソ生意気な中坊、いや、もう高校生か?」
「もうすぐ、その高校も卒業だよ。」
律は、母の妹の息子。つまり、従兄弟に当たる子だ。
何故だか昔から俺に懐いてて、よく遊びに来るので、付き合いの長い成田も何度か顔を合わせている。
けれど、実は今日、律が来る予定は無い。成田を撒くための嘘。
毎年、この日はひとりで過ごすことにしているから。
会社を出て少し歩くと、雨の雫が頬を濡らした。
しまった。傘を持って来るのを忘れた。
仕方なく、コンビニでビニール傘を購入する。
また、家の傘立てに、コンビニ傘が増えてしまったことを、少し悔しく思う。 コンビニの向かいにある花屋で、真赤なバラの花束を購入する。
『バラの花束をください』なんて言うのは気恥ずかしいが、毎年のことなので、もう、それ程苦には思わなかった。
本格的に降りだした雨のなか、バラの花束を抱えて歩く。
傘をさしていると、行き交う人に、直接は顔を見られないので、少しだけホッとした。
何故、こんな恥ずかしい思いをしてまで毎年バラを買うのか。
それは、口下手なせいで、生きている時に伝えられなかったから、せめてこの日だけでも、と、この日にはバラの花束を持って行く。
バラの花束が告白代わり、なんて、鈍いアイツは気付いてくれているか解らないけれど。
もしかしたら、命日に、白や黄色でなく、真赤なバラを持って来る俺を、バカなヤツだと、笑っているかもしれない。
それでも、俺は、毎年バラの花束を、アイツに、和也に贈ることにしている。