キリエル

□あるお姫様の話。
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「…………」

「……キリさん?」

「…何?」


震える唇をなんとか動かして、聞き返す。
エルーの顔は見ていない。見れない。
正直に言おう。今、オレ、泣きそう。


「…えっとですね、その…ありがとうございまし、た?」

「……そこでなぜ疑問系?」

「いえ、その、ものすごく感謝はしてるんですけど、その……」


……エルーの顔は、見ていない。
でも、どんな顔をしているのかは、なんとなく分かる。
だって、今のオレと同じ事を考えてるだろうから。


「――感謝はしています。これは本当です。……でも」

「でも?」

「お礼を言ってしまったら―――それが、別れの言葉になってしまいそうで」


―――限界だった。


「え……キリさん!?」

「エルー…!」


……そう、オレにできる事は変わっていない。
つまるところ、オレには何もできない。


「いやだ…!行くな、エルー、行っちゃ駄目だ…」

「キリさん……」

「そんな…駄目だ…!」


まるでガキだ。いやまぁ実際にガキなんだけど。
何よりも綺麗な気持ち。
ただ行ってほしくない。ただ――傍にいてほしい。

でもそれは叶わない。


「……駄目、です、キリさん」

「……何、が?」

「だって―――私は月の姫、ですから」


そうだ。
俺に帰る家があるように、エルーにも帰るべき場所がある。
そしていつかその場所に帰らなくてはいけないと、分かっていた。
エルーはその覚悟ができていた。でもオレは覚悟していなかった。
それだけの、単純で愚かな話だ。


「だから……」

「好きだ」

「え?」

「好きなんだ、お前が、ずっと昔から」

「…………」

「だから……行かないでくれよ…!」


あぁ、オレは卑怯だ。
エルーがこういうのに弱いって知ってるのに、オレはそこに付け込もうとしている。


「―――キリさん、私と共にいたければ、難題を受けなくてはいけません」


でも、彼女はあくまで『かぐや姫』だった。


「エルー…?」

「……キリさんの気持ちは素直に嬉しいです。ですが、だからといって難題を受けなくてもいい理由にはなりません」

「…あぁ、そうだな」


そりゃそうだ。
彼女と共にいたいのなら、それを認めさせるだけの証拠が必要だ。
オレだけが特別扱いされる理由は無い。
だから、オレは難題を受けるしかない。
誰も叶えることができなかった、『かぐや姫』の難題を。


「……あなたに与える難題は」

「…………」

「『月にいる私まで逢いに来る事』――です」


……耳を疑った。
オレが、自分の力で、あの月に行く?


「無理なら、受ける事はありませんよ?」

「―――!」


……エルーが何を言っているのかは分かる。
できないのなら、無理に受ける必要は無いと。
自分を諦めれば、それで済むと。

オレの想いがその程度だと?
―――ふざけろ。


「……ふん、そんなんでいいのか?」

「できるんですか?」

「やった事は無いけどな。でも――」


その先で、お前が待っているのなら。


「やってやるさ。オレは、約束は破らない主義だしな」

「……ふふ」

「む…そこは笑う所じゃないだろ」

「ふふ、すいません。……本当に、キリさんらしくて」


そう言って、彼女は笑う。
つられて、オレも笑ってしまった。
……別れの前に笑っていられるなんて、想像もしなかった。


「さて―――それじゃ、早速準備しないとな」

「忙しくなりますね?」

「まったくだ。どこかの我が儘な姫のおかげでな」


そう言って顔を合わせ、また笑い合う。
でも、その時間は有限だ。終わりは来る。


「エルー、もう一度言っておくぞ」

「なんですか?」

「オレはお前が好きだ。だから………この難題、絶対に叶えてやる」

「―――はい。期待して待っています」


じゃあ、『ありがとう』


そう、別れの言葉を口にして、オレ達は別れた。



そして数日後、エルーは月に帰った。
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